コラム

2014年12月「進化論」

 心は進化するのだろうか?
 例えば四速から二足歩行になったように、素手から道具を用いるようになったように、確かに人類の身体や知恵は進化している。では心はどうか?時代劇や歴史書を見る度に思う…古代人と現代人、心は変わったのだろうか?そもそも心が進化するとはどういうことなのだろうか?

 心について考える時、いつも思い出す作品がある。それは劇場版ドラえもんの第7作『のび太と鉄人兵団』だ。ドラえもん映画といえば、いつもと違う世界に出かけてそこで冒険する、というのが王道パターン。しかし本作ではそれが崩され、舞台はいつもの町並みを含む現代東京。宇宙の彼方のロボットの国・メカトピアから地球人を奴隷にするために攻め込んでくる鉄人兵団と、ドラえもんたちがどう戦うかがストーリーの主軸となっている。のび太はその中でリルルという少女に出会う。彼女は地球人そっくりに作られたロボットであり、戦争前にスパイとしてメカトピアから送り込まれたのだった。当初リルルは祖国のために命令どおり地球人捕獲の準備を進めていく。しかしのび太やしずかとの触れ合いの仲で徐々に祖国の計画に疑問を持つようになり、この彼女の変化が戦争をある終結の形に導いていくこととなる。
 これについていわゆる『いい話』として解釈すれば、「冷酷なロボットだったリルルが人間の優しさに触れ、自らも思いやりの心を持った」となるだろう。もちろんそれは間違いではないし、それを感動のポイントとして本作を味わって何の問題もない。

 しかしリルルの心に生まれた変化は、ただ思いやりを知ったということだけだろうか?彼女は人間と同じ容姿をして人間と同じように話す。怒ったり笑ったり、神を信じたり祖国を愛したりする。そう、ちゃんと心を持っているのだ。それなのに何故彼女はロボットで、のび太たちは人間なのか?どこに違いがある?
 私は本作で描かれているロボットと人間の違い、それは思いやりなどではなく『葛藤』の有無だと思う。この作品を見る度に、葛藤こそが人間が人間である証なのだと強く感じる。
 当初のリルルは確かに冷酷に見えた。しかしそれは思いやりのなさというよりもあまりに合理的だったからだ。祖国の命令のままに迷いもなく行動していた。それに対しのび太たちは何度も葛藤しながら戦いに臨んだ。例えば故障したリルルを敵だと知りながら手当てしたしずか。リルルに撃たれ一度は「勝手に壊れればいい」と手当てをやめた彼女は、「やっぱり放っておけない」と戻ってくる。それに対してリルルは「どうして敵を助けるのか理解できない」と返すのだ。他にこんなシーンもある。地球人の情報を鉄人兵団に伝えに行こうとするリルルにのび太が銃を向ける。地球を守るためには撃たなければならないとわかっていてものび太は引き金を引けず、逆にリルルに撃たれてしまう。しずかものび太も心の中でいくつもの気持ちがぶつかり合った。ただ合理性だけで行動することができない生き物…思いやりと敵意、勇気と弱気、善意と悪意、他者への愛情と自分への愛情…そんな葛藤こそがロボットと人間の違いなのだろう。リルルが地球人を奴隷にすることを間違いだと感じ始めたのは、思いやりを受けたから情が移ったというわけではない。人間はロボット以上に複雑な心を持っていることを知り、尊重すべき存在だと感じたからだ。
 物語後半のリルルが人間的に見えるのも、彼女自身が葛藤するようになったからだ。彼女は言う、「地球人を奴隷にするのは悪いことだと思うけど、祖国も裏切れない。どうしたらいいのか自分で自分の心がわからない」と。この葛藤こそがまさに人間らしさだ。

 ここで本題に戻る。心は進化するのか?進化とは自然淘汰の中で生き残るために生じる変化だ。現在この地球で一番君臨している動物は良くも悪くも人間。人間以外の動物を考えた時、心に葛藤を持っている様子はない。唯一心に葛藤を持っている人間がどうして弱肉強食の勝者となったのか?
 個のレベルで考えれば、葛藤は弱点だ。いくつもの気持ちがぶつかり合ってためらう動物よりも、迷うことなく相手を攻撃できる動物の方が強いに決まっている。しかし集団のレベルになった時、葛藤は弱点ではなく強さとなるらしい。もし葛藤が人類にとって弱点でしかないのなら、心の進化の過程の中で葛藤はとっくに退化し、代わりに合理性がもっと成長したはずであろうから。不思議な話だ。数々の難題を乗り越えるには、あるいは文明を発展させるには、合理性だけでは不十分。葛藤や気まぐれ、迷いや直感といったイレギュラーバウンドがきっと必要なのである。

 これから先、人類の心はどう進化していくだろう。葛藤もいずれは退化し、別の何かが大きく成長したりするのだろうか。『のび太と鉄人兵団』においては、メカトピアが侵略を行なうような国になってしまったのは、最初のロボットを作った神がその心に『ある感情』を与えたためだとされている。感情ひとつの有無で種の運命が大きく変わると考えたらとても興味深い。もし人間に自尊心がなかったら、嫉妬がなかったら、怒りがなかったら、愛しさがなかったら…きっと進化の方向は大きく修正され、世界はまるで違う様相を呈しているのだろう。

 まあこんな答えの出るはずもないことを考えてしまうのも、人間の心の不思議さ。自分でもバカだと思うことをしてみたり、大嫌いだけど大好きだったり、すればいいとわかっていてもできなかったり…本当に複雑だ。でもそれでいいのだろう。

 時々理屈に合わないことをするのが人間なのだから。

進化論

(文:福場将太 写真:カヤコレ)

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