コラム

コラム2013年06月『自信はクリアした後からついてくる』

 精神科での治療の一環として、しばしば社会資源を利用した活動を行います。と言ってもあまりピンと来ないかもしれませんが、要は公共の交通機関であるバスや電車に乗ってみたり、近所のスーパーに買い物をしに行ったりするわけです。

 現在の精神科医療においては、大変残念なことですが、もう何十年も入院生活を続けていらっしゃる患者様も中にはいらっしゃいます。その数は全国的にみても徐々に減少傾向にはあるそうですが、長く入院していなければならない原因は患者様によって様々で、我々医療スタッフもいろいろな手段で支援させていただくのですが、なかなか簡単には解決できないのが現状です。

 長い入院生活による患者様への影響というのは根深く、普段私たちが自然に生活する中では気づきにくいものも数多くあります。例えば、現在使用されている千円札の肖像画がまだ夏目漱石だと思っていたり(もっと古いこともあります)、バスの中にあるお金の両替機の使い方を忘れていたり(わからない場合もあります)、あるいはほとんど外に出る機会がないことから、入浴や洗顔、整髪、歯磨きなどの身だしなみの必要性を理解されていないこともあったりします(残念です)。

 もちろん長期的に入院されている患者様全てがそうであるわけではありません。しかし、一見社会性の保たれていそうな患者様でも「知らなかった」と話される要素は、私たちの身近な生活の中には多分に隠されています。余談ですが、私自身も先日、当院の近くの歩行者信号のボタンが、触れるだけで反応する仕様に変わっていることに驚いたばかりでございます。今はぽちっと押さないのか…。

 ともあれ、そういった患者様の困難を少しずつでも解決しようと、5月から6月にかけて患者様と外食に出かけてきました。当院が開院してからこれまで、忙しさもありなかなか行くことができませんでしたが、ついに今回実施であります。

 「んなこと言ったって、ただ出かけて食べてくるだけじゃないか」と思われるかもしれませんが、実はそこに至るハードルはいくつも存在しております。

 まずは、出かける体力があるか。バリアフリー化が進む現在の医療機関の中で生活していると、本当に段差が少ない。逆に言うと、段差を超える能力が必要なくなってくるわけです。それが、外にはいっぱい。まずバスに乗り込めるのか、歩道の縁石を越えられるのか、そこから始まります。それから、不自然でない程度の身だしなみができるか。明らかに「ありゃ普通の人じゃないな」と思われるようではいけません。また、時間に合わせて準備ができるかというのもあります。どうしても自分の都合を周りの状況と合わせることができずに、集合時間になっても一向にトイレから出てこられないような患者様もいたりいなかったり。さらには食堂につけば、食事はきれいに食べられるか、メニューを自分で決められるか、そもそもがメニューを読めるのか…。

 私たちは当たり前のようにできているかもしれませんが、それは毎日のようにそうする必要があるからで、そうではない生活を長く続けていると、刻々と変わっていく社会のルールに徐々に追いつけなくなっていくのもわかる気がします。私も以前、某コーヒーショップで数々並ぶコーヒーのメニューを見て「どれが何なんだ…」と戸惑ったことがあります。普段はスーパーの安売りのインスタントコーヒーばかり飲んでいます。どうでもいいですね。

 それでも、そういった一定の準備や手順をクリアして、このたび普段あまり病院では食べる機会の少ないものを味わってまいりました。

 行く前は「行きたくない…」と話されていた患者様も、帰ってくる頃には「次いつ行くの?」と話されるほど大好評。こちらもただたらふく食べてくるだけが目的だと思われると困るわけですが、社会復帰のための練習が楽しみながら行えるのであれば、それはそれでいいのではないかなぁと思うわけです。ただ、破産しそうになってもなお行きたいと話される患者様については、金銭管理の重要性をご理解いただけるよう支援させていただかなければなりません。

 今回は外食という形で社会復帰のための支援をさせていただきましたが、今後も様々な形でこの取り組みは続けていく予定です。

 例えば買い物や果物狩り、映画鑑賞など、どんどん社会資源を利用し、忘れかけていた社会の空気を少しずつ取り込んでいっていただければなぁと願う次第であります。

自信はクリアした後からついてくる

(文・写真:リハビリテーション課)

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