コラム

コラム2026年04月「22世紀へ向けて」

 先日、高校生の時以来約三十年ぶりに劇場でドラえもんの映画を観賞した。今年は『新・のび太の海底鬼岩城』、1983年に公開されたシリーズ第4作のリメイクだった。

 一番関心を寄せていたのは、物語のキーキャラクターである水中バギーの設定。1983年時点では、コンピューターを搭載した車として登場し、その話し方は片言で、音声もいかにも機械というものであった。
 しかし2026年の現実社会においては、そんなロボット口調で話すコンピューターはない。僕の使っているパソコンのスクリーンリーダーも、友人の車のカーナビも、テレビニュースの自動音声だって、もっともっと流暢な語り口。そして、今やコンピューターはただ人間に操作されるだけの存在ではなくなり、自ら考えたり判断したりできる人工知能AIを搭載している。藤子・F・不二雄先生が未来の技術として描いた物が、もうこの世界に実在しつつあるのだ。

 なので1983年と同じ形で水中バギーが登場すると、今の子供たちには逆に違和感が大きいに違いない。はたしてAIが身近にある2026年にそこをどうアレンジするのか。結果はみなさんご覧になってのお楽しみだが、しっかり今という時代に合わせたバギーちゃんが考えられていたように感じる。

 思えばドラえもんがやって来た22世紀まであともう75年を切っている。漫画の連載が開始された頃には遠い遠い未来だった世界が、今を生きている子供たちには具体的にたどり着ける将来になっているのだ。
 その頃には、人はどんな生活をしているのだろう。どんな医療を受けているのだろう。精神科医はまだ必要とされているのだろうか。

 頭に入る知識の量という点では、人間はAIにとてもかなわない。一瞬にして数値や画像を解析する力も、人間はAIに遠く及ばない。そうなると、生身の精神科医にできることは、もはや患者さんと一緒に困ったり悩んだりすることだけかもしれない。

 ひとまず自分の担当は21世紀。今はお株を奪われぬよう、毎日の仕事に励みましょうか。

(文:福場将太)

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