コラム

コラム2026年05月「効率」

 タイパ・コスパなんて言葉を耳にするようになってもうどれくらい経つだろう。時間をかけずに、お金をかけずに、効率良く物事を行なう。一見それはとても道理にかなった素晴らしいことのように思えるが、昨今の世の中の効率化ブームには少々げんなりしてしまう。
 確かに一人でもできる業務をわざわざ二人でやるのは、人員がもったいない。オンラインでもできる会議をはるばる現地まで行ってやるのは、移動時間がもったいない。でも本当にそうだろうか? 余剰人員がいてこその優しさ、直接赴いてこその味わいはないだろうか?
 もちろんある。きっとそれはみんなわかっている。ただ今は、そんな優しさや味わいを大切にするだけの余裕が多くの業界にないのだ。

 そしてとんでもない勢いで広まっている生成AI。こいつはまさに効率化の権化。何度も読み返して熟読しなければ内容を理解できなかった論文も、こいつは一瞬で読み込んで要約を創ってくれる。集まったデータを集計して示す作業も、こいつは一瞬にしてわかりやすい図表にしてくれる。これまでそこにかけていた時間も手間も一気になくなる。

 そして効率化の波は医療も例外ではない。短い時間で、少ない侵襲で、検査や治療を受けられるようになるのは患者さんにとってメリットだ。ただ効率化が暴走すれば、人口の多い街にしか病院を造らない、収益の高い治療しかやらない、患者さんと雑談をしない、なんてことにもなりかねない。いや、すでになりつつある時代だ。

 先日お気に入りの店に食事に行ったら、以前は夜も営業していたのが昼間だけになっていた。そうしなければ経営を続けていくのが大変だったのかもしれない。でもそのことによって、この店の食事を味わえなくなったお客さんもいただろう。
 お店も会社も病院も、効率化しなければ存続が厳しい時代。収益になることが優先され、ならないことは軽視される時代。ただそんな働き方が楽しいかというと、それはまた別問題。

 せめて生き方は効率化したくない。
 わざわざやろう。はるばる行こう。要約しないで人生を味わおう。

(文:福場将太)

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