依存症専門リハビリテーション(アディクションカレッジ)

依存症専門リハビリテーション(アディクションカレッジ)

 現在、当クリニックでの依存症に対する専門リハビリテーションは調整・準備期間として休止しております。再開の時期についてはまた当サイトにてお知らせ致します。
 外来での依存症治療やご相談には引き続き対応しておりますので遠慮なくお問い合わせください。
 また当法人の母体である江別すずらん病院では、外来・入院治療での依存症専門プログラムを行なっております。

1.はじめに
2.依存症とはどんな病気か
3.依存症は治せるのか
4.当法人における依存症治療プログラム
5.ご家族の方へ
6.活動日誌

1.はじめに

 依存症という病気がある。難病である。放置すれば病魔は患者の人生から大切な物を次々と奪っていく。人生そのものを奪われることもけして珍しくない。依存症は愛すべき善人をどんな酷いこともできる悪人に変え、孤独と絶望に追い込むのだ。これだけ危険な病気であるにも関わらず、世間での認識はまだまだ甘いのが現状だ。
 依存症はけして他人事な病気ではない。一人でも多くの人にこの病気を知ってもらいたいと思う。そして少しでも心当たりがあればためらわず相談してほしいと思う。
 ここでは依存症に関する基礎知識、当法人での治療プログラムなどを紹介していく。

平成28年6月
精神科医 福場将太

2.依存症とはどんな病気か

 テレビなどでも特集されることが増えてきている依存症。しかし説明しろと言われたらわかっているようでなかなかわかっていないのがこの病気。この項では依存症とはどんな病気なのか、少しでも伝えられたらと思う。

 「中毒」という言葉もある。かつては「アル中」「ヤク中」のように使われてきたが、現在では「中毒」と「依存症」はしっかり区別された別の病気として扱われる。  簡単に言えば中毒とはまさに字のごとく、「体の中に毒が入って具合が悪くなった病気」である。例えば腐った物を食べた食中毒、水俣湾で起こった水俣病は工場排水に含まれる有機水銀中毒、不完全燃焼で発生したガスを吸って起こる一酸化炭素中毒などが挙げられる。ポイントは、けして患者本人が求めて毒を摂取したわけではないということだ。  しかし依存症は違う。依存症とは「本人が自ら毒を求めて摂取し具合が悪くなった病気」である。アルコール依存症、シンナー依存症、覚醒剤依存症などがこれに当たる。ポイントは、いずれも毒を体内に入れているのは患者本人だということ。  このように両者は別の病気、よって治療方針も異なる。中毒になった患者はけして好んで毒を飲んだわけではない。だから内科病院で毒を体から抜いてもらい、体調が回復すれば治療は終了となる。しかし依存症はそうはいかない。たとえ毒を抜いて体調が戻っても、退院後また自ら毒を摂取してしまえば同じことがくり返されるからだ。これでは治ったとは言えない。そう、「毒を求めてしまう心」を治さなければならない。だからこそ依存症は内科ではなく精神科医療の範疇なのである。

 またお酒や薬といった化学物質を体内に入れるわけではない依存症もある。例えばギャンブル依存症、買い物依存症、恋愛依存症、携帯電話依存症などだ。これらも含めて説明するなら、依存症は「ちょうどよく使えなくなった病気」と考えると理解しやすい。  依存することそれ自体は人間誰にでもあることだ。子供が親に依存するのは当たり前だし、つらいことがあった時に友達に頼ったり、気分転換に飲みに行くことはけして病気ではない。自分の好きな物や好きな人、そういった拠り所はむしろ心の健康には大切である。しかし「ちょうどよさ」を失った時、それは病気と呼ばれる。  例えばお酒、ちょうどよい量・ちょうどよい時間帯・ちょうどよい酔い方で楽しめれば問題ない。しかし浴びるように飲んで意識を失う、勤務中に飲む、酔って人に迷惑をかけるようになればそれは病的である。あるいはパチンコ、お小遣いでちょうどよく楽しめていれば問題ない。しかしそれが多額の借金をし家庭を崩壊させてまで続けるとなればこれは病的である。恋愛にしたって、24時間恋人がそばにいないと生きていけないとなればやはり病的であろう。そういった度を超えた依存が「依存症」であり、依存症になるということは「ちょうどよさをコントロールする力を失った」ということである。

 いかがだろう、イメージがわくだろうか?  アルコール依存症の患者は自分の飲酒をコントロールできない。つまり一口飲めばほどほどで止めることができず、肝臓を壊そうが家族が出て行こうが飲み続けてしまうのだ。けして健康や幸福が嫌いなわけではない。頭では飲んではいけないとわかっている、しかしわかっていても飲んでしまう。自分で自分が止められない…ここに依存症という病気の恐ろしさがある。

 では、そんな依存症になるのはどんな人間かを考えてみよう。その答えは「誰でもなりうる」だ。アルコール依存症を例に挙げれば、飲酒をする人間なら誰だってそのリスクがある。本人の意志の強さ、肝臓の強さ、飲む量などは全く関係ない。  先ほど依存症とはちょうどよく飲めなくなった病気と説明したが、このちょうどよさは個人によって異なる。たくさん飲んでも翌日残らない人もいれば少量でも顔が赤くなる人もいる。飲むと陽気になる人もいれば攻撃的になって喧嘩してしまう人もいる。肝臓の強さや酒癖は生まれながらのものであり、ちゃんとそれを自覚した上でちょうどよい飲み方をすることが大切だ。もちろん誰だってお酒で失敗することの一度や二度はある。不適切な飲み方をして失敗したら次から気を付けるのが人間だ。しかし失敗しても不適切な飲酒を続けてしまうと…人はいつしか依存症に冒されるのである。

 そう、依存症はインフルエンザや骨折のようにある日突然なるわけではない。年月をかけていつの間にか冒されている病気だ。ここが恐ろしい。気付かぬうちに越えてはいけない紙一重を越え、自分をコントロールできなくなってしまう。そして本人は自分が病気であることをなかなか認められない。他の病気と異なり、周囲からもなかなか病人に見えないのも依存症の発見や治療が遅れてしまう原因だ。依存症患者は病人として周囲から心配されないどころか、むしろダメ人間として疎まれてしまうのである。

 自分から「依存症になったので治療をお願いします」と病院に来る患者はほとんどいない。「この人は依存症だと思うから診てください」と本人を病院に連れてくる家族もまだ少ない。しかし依存症は確かに存在する病気だ。本人の性格の問題とか根性の問題ではない。コントロールする脳の機能が壊れてしまったのだ、ちゃんと治療を受けなければ自動的に治ることはない。これだけは信じて頂きたい。

 最後に、アルコール依存症についてお手軽に自己診断できる4項目をお知らせしよう。たった4つの項目だが、これは非常に感度の高いテストとして知られている。

①お酒の量を減らそうと思ったことがある。
②飲酒習慣について周囲から注意・非難されたことがある。
③飲酒することに罪悪感・後ろめたさを感じたことがある。
④朝酒・迎え酒をしたことがある。

 ぜひ正直に、そして厳しくチェックしてみてほしい。もしあなたが4つのうち2つ以上当てはまったのであればそれは赤信号。依存症になっている、あるいはなりかけている可能性が高い。

 けして大げさではない。依存症は放置すれば人生を失う病気だ。健康だけでなく、仕事・家庭・財産・友人…大切な信頼をも失い、若くして命を落とすことも少なくない。悲しい末路に至った多くの患者がこう言う、「あの時あそこでちゃんと相談すればよかった」「過去に戻れるなら、あの時点でちゃんと治療を受けたい」と。
 いつも思う。まだまだ依存症について理解の不十分な社会ではあるが、それでもどんな患者の人生にも治療のチャンス、幸福な生活に引き返すチャンスは何度か巡ってきていると。それを逃さないでほしい、というのが一精神科医としての切なる願いである。
 たまたまこの文章を目にしてくれたあなた、もしかしたら今がそのチャンスなのかもしれない。ご自身やご家族に思い当たることがあるなら、まずは相談に来てみてほしい。疑問や不安をぶつけてみてほしい。一度しかない人生を大切にするために。

3.依存症は治せるのか

 くり返しになるが、依存症とは「ちょうどよくコントロールして使う力を失った病気」である。アルコール依存症であれば、自分の飲酒をコントロールする脳の機能が壊れてしまっている。ではその治療はいかなるものか。
 最初にはっきり言っておくと、今のところこの壊れた脳の機能を元に戻す治療法は確立していない。薬を飲もうが手術をしようが一度壊れた脳を戻すことはできないのである。つまりアルコール依存症患者はもう二度とちょうどよく飲酒することはできない。ギャンブル依存症患者はもう二度とちょうどよくパチンコをすることはできないのである。

 では一体患者は病院で何をするのか、それを理解するためにはアルコール依存症治療の歴史を振り返るとわかりやすい。

 そもそも人間は何故お酒を飲むのか。ここに大きな理由はない。猫がマタタビを好むように、人間はアルコールという物質を好む生き物なのだ。どこの国でも人間はお酒を造り飲んでいる。
 歴史書を見てもわかるように、飲酒はすでに紀元前から始まっている。ただその頃はまだお酒は王様や貴族だけが口にできる高級品であり、民間人が習慣的に飲めるものではなかった。

 飲酒が急激に広まったのは19世紀後半、産業革命の時代。お酒は大量生産できるようになり大衆も安価で楽しめるようになった。これにより飲み過ぎて体調を崩す人が続出、病院で治療を受けるようになった。まだ依存症という概念がなかった当時、医者はただの飲みすぎ、つまり現在でいうところの中毒として身体を治す治療を行なった。そしてこれからは飲む量を気をつけるように指導した。しかしそれでも何度も飲み過ぎて同じ失敗をくり返す人は後を絶たず、医者は首を傾げていた。

 20世紀に入り、どんなに指導してもちょうどよく飲酒できない人たちに対して国は法規制を整え始めた。アメリカの禁酒法などが有名だ。つまり飲酒が止まらないのはその人の悪癖、だからちゃんと罰を与えれば更正すると考えたのだ。しかし結果はどうだったか。規制されても闇のルートでなんとか酒を手に入れて飲む人は後を絶たなかった。そして逮捕された人は「自分は法律も守れない弱い人間、ダメな人間なんだ」と絶望した。それによる自殺も多発したと記録されている。つまり規則を作り罰を与えるという方法では問題を解決できず、更なる悲劇を招いてしまったのだ。

 そして20世紀後半、「飲酒が止まらないのは悪癖ではなく脳の病気である」という考えに医学は辿りつく。つまり依存症の発見である。これによって止まらない飲酒に苦しむ人たちは「指導を聞けない人」でも「法律を守れない人」でもなく「患者」として病院で治療を受けられるようになったのだ。
 しかしいざ病気だと判明しても治療法が同時に発見されるわけではない。どうすれば依存症を治せるのか、多くの患者と医療者がその命題に取り組んだ。

 そして現在21世紀、先述したように壊れた脳を元に戻す方法は未だ見つかっていない。仮に10年入院したとしても、退院してまた飲酒すれば止まらなくなってしまう。昔のようにちょうどよく飲酒する自分にはもう戻れないのだ。
 そこで方法論として「お酒をちょうどよく飲めなくて色々問題が起こる」 → 「飲酒しなければ何も起こらない」 → 「ならば断酒を続ければよい」という図式が考え出された。つまり、依存症治療とは断酒を継続することなのだと。

 現在多くの病院で行なわれているのがこの断酒治療である。これだけお酒が浸透している社会でそれを飲まないということは並大抵ではない。丸腰では無理、断酒を続けるには知識と技術が必要だ。自らの飲酒欲求や周囲の誘惑に打ち勝ち、飲まないのが当たり前の新しい人生を作る…それが依存症治療の本質である。これはギャンブルやアルコール以外の薬物でも同様だ。
 つまるところ依存症は治せない、しかしやめ続けることで克服することはできるということである。
 次項では当法人で行なわれている治療プログラムを紹介しよう。

4.当法人における依存症治療プログラム

 ここではアルコール依存症を例に大枠を紹介する。

①入院治療

 先述のように依存症は長く入院すればするほど良くなるというものではない。当法人の江別すずらん病院での入院治療プログラムは三ヶ月を基本としている。「入院せずに治せないか」という質問もよく受けるが、少なくとも今現在飲酒を続けている状態であれば、入院せねば治療は難しい。お酒はどこにでも売っている。まずは病棟というお酒のない世界に入らなければお酒を断つことはできない。

1ヶ月目  未治療の患者の場合、止まらない飲酒により精神的にも身体的にも消耗している。何をおいてもまずこれを回復させなければ始まらない。そのため入院治療が必要となる。
 最初に行なうのが解毒、つまりアルコールを身体から抜く作業。患者には体内にアルコールが一滴もない状態になってもらい、その上で精神的にも身体的にも安定を取り戻してもらう。つまり体内にアルコールが入っているのが当たり前だった毎日から、入っていないのが当たり前の毎日になってもらうのだ。当然、お酒が飲めないせいで落ち着かない・眠れない・手が震えるなどの様々な離脱症状(禁断症状)が起こってくるため、その治療も行なう。
 多くの患者が入院前は飲酒のせいで食欲も低下し睡眠も不規則になっている。規則正しい食事・睡眠習慣を身に着け生活リズムを立て直すためにも入院は絶対必要である。
2ヶ月目  精神的にも身体的にも安定し、食事・睡眠も整った患者には週2回院内で行なわれている依存症勉強会に参加してもらう。この勉強会では依存症について学び、自らがそうであると受け入れ、退院後飲まずに生きていくための技術を習得する。この勉強会が治療プログラムの根幹である。絶対に参加してもらわなければならない。
 また勉強会以外の日は主治医の診察に加え作業療法にも参加してもらう。これは精神・身体能力を回復させるリハビリである。
3ヶ月目  退院後の生活を具体的に設計する。勉強会と作業療法は継続しつつ、さらに外泊訓練を追加する。家に戻り、習得した技術で飲まずにいられるかを実践するわけだ。それも成功すればいよいよ退院となる。
 ただ誤解のないように。治療は終わりではなくここでようやくスタートラインだ。退院後いかに断酒を続けられるか、そのためには技術だけでなく生活環境・生活習慣をしっかり正さなくてはならない。

②外来治療

 入院が終われば引き続き外来治療が始まる。

通院  退院後は通院を続けなくてはならない。通院はけして薬をもらうためだけのものではない。飲まずに暮らしていてこんな時に困る、最近また飲みたい気持ちが強くなってきた、つい飲酒してしまったなどの悩みを相談するために通うのだ。たとえ飲酒してしまったにしても早い段階で正直に相談できれば、再入院しなくても外来治療で持ち直せる。
内服  断酒治療に使われる薬としては従来の抗酒薬(飲酒すると具合が悪くなる薬)に加え近年登場した抗依存症薬(断酒の決意を強める薬)などがある。また飲酒という楽しみを失った患者は不眠・落ち込み・イライラなどが起こることが多く、必要に応じて睡眠薬や安定剤も処方される。
デイケア  飲酒の引き金として暇や退屈・孤独がある。家で何もせず一人でいる時間が長いとそれだけお酒に手が伸びるリスクが高くなる。そこで用いられるのが当クリニックでも行なわれているデイケアだ。デイケアは日中メンバーやスタッフと色々な活動を共にする治療法。その効果は非常に大きく、日中活動を習慣にすることは精神・身体の安定を維持し生活リズムも乱さない。心理的にも環境的にも飲酒を予防してくれるのだ。
勉強会  そして外来治療においても勉強会は重要だ。入院中に参加した会はもちろん通院患者向けにも開催されている。現在江別すずらん病院では毎週水・金曜日の午後に行なわれており、私も美唄すずらんクリニックから出張して参加している。依存症についてくり返しくり返し学ぶことは、断酒治療の基本である。
自助グループ  これは医療サービスではないのだが、断酒治療の一翼を担う大きな力だ。日本中のたくさんの街に自助グループという団体が存在する。同じ障害を抱える当事者同士が集まり、定期的にミーティングを行なっているのだ。
 例えばアルコール依存症であれば「断酒会」「AA」「MAC」、薬物依存症であれば「DARC」、ギャンブル依存症であれば「GA」などが知られる。ミーティングではお互いの経験を語り合い、不安を受け止め合い手を差し伸べ合う。話をしているだけでそんなに意味があるのか、と思われるかもしれないがこれにはとてつもない効果がある。

 まずは入院。そしてその後は通院・内服そして自助グループ、これが依存症治療の3本柱だ。文章だけでは伝わりにくいことも多いと思うので、ぜひ病院を訪ねて質問してみてほしい。
 確かに治療は面倒くさいものだと思う。しかし、退院後に断酒を継続できている患者とそうでない患者の一番の違いは、ちゃんと治療を受けている科どうかだ。これは統計的にも明らかで、退院後通院や勉強会参加をやめてしまった患者は再び連続飲酒の日々に戻ってしまう率がとても高い。精神論ではなく事実として、ちゃんと治療を続けている患者は断酒を実現し依存症を克服しているのだ。

5.ご家族の方へ

 依存症で苦しむのは本人だけではない。そばにいる家族も大きな苦痛と不安の中にいる。どうしていいかわからずにただ気持ちを抑え込んで毎日をやり過ごしている人もいるだろう。本人への愛情・憎悪・悲しみ・情けなさなどの感情がぶつかり合って混乱している人もいるだろう。

 患者の回復には家族の協力が不可欠である。ただしその協力とは患者に寄り添えばいいとか優しくすればいいとかそんなに単純なものではない。患者を支える家族にも知識と技術が必要になる。

 もしたまたまこの文章を読んでくれているご家族の方がいたとしたら、一人で抱え込まず相談に来てほしい。絶対に「自分がなんとかしなきゃ」と責任を背負い込んではいけない。依存症は病気です。他の病気と同じく愛情だけで解決できるものではない。ちゃんと医療の力を借りてほしい。どうしようもない、仕方のないことだなんて思わずに。必ず解決法はあるはずだから。
 依存症は精神科の専門分野です。遠慮なく相談してください。

6.アディクションカレッジ活動日誌