コラム

コラム2015年06月「僕達の存在価値」

 医者とはどんな職業か、という話をしていた時にとあるスタッフが言った。「医者とは不機嫌でも許される仕事だ」と。これは衝撃的だった。世間知らずのボンボンなんて揶揄はよく聞くが、まさかこんな角度からの評価があるなんて。皮肉たっぷりのこのコメントに不思議と腹は立たず、むしろ妙に納得してしまった。
 言われてみればその通り。本来虫の居所がどうだろうがそんなことは職場では関係ない。イライラしていてもそれは表に出さず、聞くべき話は聞いて、やるべき業務をやるのが社会人のルールだ。しかし医者においては、不機嫌だからという理由がまかり通っている場面を確かにちょいちょい見かける。スタッフたちが「今日先生は機嫌が悪いからやってもらえなくても仕方ないね」なんて囁いているのを耳にする。いやいやいや、不機嫌だろうが何だろうが仕事はちゃんとしなくてはいかんでしょ!しょうがないじゃないでしょ!
 …偉そうなことを書いてますが、もちろん僕だってそうなのかもしれない。いや、きっとそうなんだろうな。そんなことを恥じつつの今月のコラムのテーマは『存在価値』です。

 みなさんは『業務独占』『名称独占』という言葉をご存じだろうか。世の中には免許を用いる様々な職種があるが、それは法的にこの二つに大別される。業務独占とは免許を持つ者しかその業務を行なってはならない職種、名称独占とは免許を持つ者しかその肩書きを名乗ってはならない職種をいう。
 例えば医師は業務独占。薬の処方を考えて処方箋を発行する業務は医師にしかできない。例えどんなに勉強して薬物の知識があったとしても、医師免許を持たない者が処方箋を発行するのは違法行為である。同様に看護師も業務独占、どんなに器用でも看護師免許を持たない者が人に静脈注射をすればそれは違法行為である。もっとわかりやすい例でいえば運転手も業務独占。運転免許がないのに車で公道を走ればもちろん逮捕される。
 一方、名称独占にはどんな職種があるか?身近な例を挙げれば精神保健福祉士や作業療法士がこれに当たる。免許がなくても患者さんの相談に乗ることはできるが、「精神保健福祉士です」と名乗ることは違法行為。作業療法士も同様、患者さんと作業療法を行なうのに免許はいらないが名乗るのには免許が必要なのである。

 何だかややこしい話だが、僕はこれを『存在価値』という観点から解釈している。確かに処方箋はどんなにアホでも医師にしか書けない。その意味では医師は医師であるというだけで存在価値が与えられている。でもどうだろう、実際にアホで患者を治せない処方を連発していたらさすがに愛想を尽かされてしまう。看護師だってミスばかりしていたら注射は頼まれなくなってしまうだろう。つまり業務独占における存在価値は自動的に与えられこそするものの、それに見合った働きをしなければいずれ失ってしまうということだ。
 では名称独占はどうか。確かに免許がない者でもその業務をすることは許されている。その意味では免許があるからといって存在価値があるわけではない。しかしじゃあ誰にでもできる仕事かというともちろんそんなことはなく、知識と技術がなければ相手の満足に応えることはできない。法的に誰でもやってよい業務とされている分、専門家を名乗る者には高い質と結果が期待されているのだ。患者さんから「やっぱり精神保健福祉士さんに相談してよかった」「作業療法士さんに教えてもらうとリハビリがうまくいきます」と言われてこそその肩書きに重みが出るのである。つまり名称独占における存在価値は自動的に与えられるものではなく、獲得していくものだということだ。

 つまるところ業務独占も名称独占も頑張らないとお役ごめん、ようするにみんな頑張れってこと。努力なしで保たれる存在価値なんかないぞってことです。
 不機嫌が許される仕事とされる医者だって、実際には許されるわけじゃない。そこにあぐらをかいていると存在価値は大暴落してしまう。治療方針に口を出されたりするとついイライラしてしまうが、文句も言ってもらえるうちが花、注意してもらえるうちが花。不機嫌という名のオールマイティパスが発行されてしまう前に、もう一度自分の存在価値について考えてみよう。
 そう、免許も大切だが努力と経験があってこそ、患者さんの役に立ててこその医療職だということを。

僕達の存在価値

(文:福場将太 写真:カヤコレ)

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