コラム

コラム2015年09月★スペシャルコラム「刑事カイカン 沿線の神様 (下)」

*このコラムはフィクションです。

■第三章

1

 多田はゆっくりと顔を上げた。その瞳は正面に座る警部に向けられる。
「もう一度言いましょうか?多田さん、あなたは長谷塚さんを殺してなどいません。古部さんのためにそう偽証されているのです」
 彼は何も言わない。ただ瞬きすることも忘れ、怯えた目で相手を見ている。警部はそっと右手の人差し指を立てた。
「金曜日の夜、長谷塚さんは就職活動の願掛けのために神社に向かいました。その帰りに履歴書用の証明写真も撮るつもりだった。上着はスーツ、ズボンはジャージというちぐはぐな服装だったのがその証拠です。
 そして神社に向かうその路上で古部智恵理さんと出会いました。少しだけ立ち話をして、二人は別れた…」
 彼女の名前が出た途端、多田の瞳に不安の色が強まる。警部の語りは続く。
「さて、神社への参拝を終えた長谷塚さんは次に何をしたか…。この時点で時刻は9時30分、そう、あなたに電話をかけた時間です。おそらく古部さんと会って懐かしくなり、あなたと話がしたくなったんじゃないでしょうか。学生時代の友人であるあなたと。
 彼は石段を下りながらあなたに電話をかけた…しかしここで悲劇は起こってしまう。話しながら歩いたせいで足元が疎かになり、石段を踏み外したのです。彼は転落し…打ち所が悪くそのまま亡くなりました」
 多田が視線を逸らす。
「多田さん、あなたは電話で彼が神社にいること、古部さんに再会したことを聞きましたね?そして彼が会話中に転落したこともわかった…おそらく大きな声がして電話が落ちる音も聞えたのでしょう。
 …しかしその後どんなに呼びかけても長谷塚さんは返事をしない。何が起こったのか確かめるため、あなたは急いで神社に向かったのです」
 視線を逸らしたままの多田…もしも警部の推理が的外れならとっくに笑い飛ばしているはずだ。彼の沈黙は肯定を意味していた。私の頭の中でも、警部の言葉によってあの夜の光景が次々にイメージされる。石段から転落した長谷塚、そこに駆けつけてくる多田…。
「残念ながらあなたが発見した時、彼はもう亡くなっていました。繋いだままにしていた電話もおそらくそこで切ったのでしょう。これが通話が切れた9時45分です」
「…出鱈目だ、そんなの」
 ついに口を開く青年。彼は厳しい眼光で警部を見た。
「勝手な想像じゃないですか!違いますよ、僕が10時過ぎにあいつを電話で呼び出して突き落としたんです。何度もそう言ってるじゃないですか!」
「それは有り得ません」
 声を荒げる多田に、警部は動じることなくそう返した。
「まず第一に長谷塚さんの服装。もしあなたにお金の話をするために会いに行ったのなら、さすがにあんな格好はして行かないでしょう。
 第二に証明写真。ボックスのデータには彼の画像はありませんでした。つまり彼は撮影していない…9時過ぎに願掛けのために神社に行ったきり、そのまま亡くなってしまったということです」
 多田がグッと唇を噛む。
「第三に、長谷塚さんのライター」
 警部はドルフという犬のことを説明した。9時半から10時の間の散歩でドルフはライターを拾った。ライターは転落の拍子に落ちたと推測できるので、彼の転落死も10時よりも前ということになると警部は言った。
「以上より、あなたの主張する10時以降に彼を突き落としたという話は有り得ないんです。彼は9時半過ぎ、願掛けの帰りに事故で転落したんです。
 …古部さんが9時過ぎに路上で彼に会った時、今から神社に行くつもりだと話していたことも、その時ライターを持っていたことも…彼女がちゃんと証言してくれているんですよ。彼女に嘘をつく理由なんてありません」
「僕にだってありません!」
 身を乗り出して叫ぶ多田。そこで警部は立てていた指を下げ、はっきりと告げた。
「いえ、あなたには嘘をつく理由があります。あなたは…古部さんを愛していたんですから」
 彼の勢いが止まった。警部は少しだけ優しい声になって続ける。
「もう…やめませんか、多田さん?あなたの偽証は自らの保身のためではない。誰よりも好きだった、彼女のためのものです」
 多田は打ちのめされたボクサーのように椅子に崩れる。そして先ほどより大きく溜め息を吐いて黙り込んだ。…降伏の白旗だ。
 何か物的証拠を示したわけではない。ただ一つの愛を指摘しただけで、警部は相手の支柱を撃ち抜いたのである。

 すっかり戦意を失った青年に、警部は推理を続けた。
「神社に駆けつけ、転落死している長谷塚さんを発見したあなたは考えた。本来なら警察なり救急なりに通報すれば済む話です。でもそれをしたらどうなるか…あなたは考え至った」
 再び人差し指を立てる警部。
「あなたは古部さんのことを考えました。もし自分と会ったすぐ後に長谷塚さんが転落死したことを彼女が知ったら…。たとえ事故だとしても、彼女は思ってしまう…『やっぱり自分は疫病神なんだ』と」
 多田の瞳から涙がこぼれる。彼は机に顔を伏せ、声を殺して泣き始めた。
「う、う、うう…」
 悲痛な嗚咽が室内に舞う。警部は指を立てるのをやめ、そっと言葉を続けた。
「自分は人に不幸をもたらすと信じている彼女を、あなたは救ってあげたかった。疫病神の呪縛から解放してあげたかった。だから…偽装工作を行なったんです。
 あなたはそばに落ちていた長谷塚さんの携帯電話を見つけました。そして10時に自分の携帯電話からそこにコールし、自分が彼を呼び出したような痕跡を残したんです。
 筋書きとしては長谷塚さんは願掛けの後に一度帰宅、そしてあなたに呼び出されてまた神社に行ってそこで突き落とされた…。そうなれば、どう見ても全面的に悪いのはあなたです。彼女が自責の念を抱かずにすむ…とあなたは考えたのでしょう」
「う、うう…」
「彼の携帯電話を現場から持ち去ったのは、警察に電話に注目させ、通話記録を調べさせるため。そしてそれを所持していることで、自分が犯人だという決定的な証拠にするためですね」
 昨日の朝、アパートの多田を訪ねた時のことを思い出す。あの時の彼は…私たちに逮捕されるためにわざと疑わしく振る舞っていたのだ。自分を犠牲にしても、ただ彼女のために…。
 つまり長谷塚の死は『事故に見せかけた殺人』ではなく、『事故に見せかけた殺人に見せかけた事故』だったのである。
「借金の話などは…辻褄合わせのための全くの嘘ですね」
「ううう、う…」
 警部の語りが終わっても、青年は顔を上げない。その姿を見ながら私はつい思ってしまう…馬鹿げている、と。
 そうだ、こんなの馬鹿げている。いくら彼女が好きだったとしても、ありもしない殺人の罪を被ってまで…人生を捨ててまでこんなことをするか?私には理解できない。それとも…そこまでの愛というものを知らない、私の方がおかしいのだろうか。
 隣を見ると、警部も黙って彼を見つめている。優しくもどこか虚ろな視線を哀れな青年に注いでいる。そして…長い前髪に隠されたその右目は、愛という名の事件の黒幕を捕えているのかもしれなかった。

2

 警部の指示で温かいお茶を用意し、多田に促す。一口だけ飲むとようやく顔を上げ、真っ赤なまぶたで彼は呟いた。
「色々と…ご迷惑をおかけしました」
「どうしてそこまで、古部さんのために?」
 警部が黙っていたので私がそう尋ねる。彼は湯呑みを置くと、少しずつその胸の内を明かした。そう、学生時代から彼女に憧れていたという想い出を。
 けして派手ではなかったが清廉な立ち振る舞い、彼女のまとうどこか孤独な空気さえも彼にとっては惹かれる要因となった。同じゼミになって、話をする機会も多くなって…しかしそれでも彼女が飲み会などに参加することはない。ある日残ってレポートを書いていた彼女に、彼はその理由を尋ねた。
 「私、疫病神だから」と彼女は答えた。そしてこれまでに起こった不幸を並べ、だから自分にはあまり関わらない方がいいよと彼に伝えたのだという。いつかは思いを打ち明けたいと考えていた彼の期待は…そこでしぼんでしまう。
「彼女は、卒業式にも謝恩会にも来ませんでした。だから、駅で彼女に再会した時は本当に嬉しかった」
「それで…自分が逮捕されても構わなかったんですか?」
 私の問いに、多田は数秒だけ考えて頷く。そして、彼女と再会した日のことを語り始める。
 それを聞きながらずっと黙っていた警部だったが、彼の言葉が止まると静かに口を開いた。
「多田さん…どんな理由があったにしても、あなたのしたことを認めるわけにはいきません」
 厳しい口調だった。警部は一呼吸おいてさらに続ける。
「もし本当に彼女を救いたかったのなら…こんな方法を選ぶべきではなかった。逮捕されるくらいの覚悟があるのなら、あなたが一生彼女のそばにいて不幸にならないことを証明してあげればよかったじゃないですか」
 再び多田の瞳に涙が滲む。
「覚悟する所を間違えた…それがあなたの罪だと思いますよ」
 警部のその言葉を最後に、聴取は終了となった。

■エピローグ

 翌月曜日の朝、警部と私は古部智恵理のアパートを訪ねた。出勤前の彼女に、今回の事件の全てを伝えたのだ。話を聞き終えた彼女は泣き出しそうに顔をクシャクシャにし、「やっぱり私は疫病神だ」と漏らした。
「私があの時、長谷塚くんに再会しなかったら…。神社になんか行かなければよかった」
「どうして神社に行かれたんですか?」
 私が問うと、彼女は厄払いのためだと答えた。少しでも疫病神ではなくなるために、毎晩仕事帰りに神社に通っていたのだと。でもそのせいで…あくまで偶然で間接的にではあるが、今回の悲劇のきっかけを作ってしまった。なんて…皮肉で残酷な話だろう。さすがに神様に文句を言ってやりたくなる。
「やっぱりダメだ、私…もう…」
 その言葉を最後に彼女は黙ってしまう。うつむいて拳を握ったその姿は、ぶつけようのない感情に心を潰されかけているように見えた。気にすることはない、あなたのせいじゃない…そんな言葉が無力なのはわかりきってる。結局何もできない私は、「あの、そろそろ出勤の時刻では」と間抜けなことを言ってしまう。
「今日は…休みます」
 消えそうな声がそう返す。室内には重い沈黙が流れた。警部の提案で彼女には直接真実を伝えたのだが…どうにも救いがなさ過ぎる。
「古部さん、もしお仕事休まれるんなら、ちょっとご一緒して頂けませんか?」
 突然警部がそう言った。彼女は少しだけ視線を上げる。
「最後にもう一つだけ、あなたに知ってほしい真実があるんです」

 警部と私、そして智恵理は駅に向かって歩いた。初夏の日差しも朝のうちはまだ優しい。都心とは異なり慌しさのない町並み…しかしそれを感じる様子などなく彼女は終始無言だった。
 駅の入り口が見えてきたが、警部はそこを素通りし、あの踏み切りまで私たちを導く。三人で線路を越えたところで警部が言った。
「古部さん、あなたにこのことだけは忘れないでいてほしいんです。多田さんは…確かにあなたを想っていたということを」
 彼女は何も言わない。先ほどの説明でも、多田が彼女のために偽証をしたことは伝えた。しかし…彼女はピンときていないようだった。確かに、突然そんなに深い愛情を告げられても信じられないのかもしれないが。
 それに、実は私も疑問だった。今回の事件の解明には、多田が彼女を好きだったという事実が大きな突破口となった。しかしそのことを警部はいかにして見抜いたのだろうか?
 多田自身はもちろん、訪ねて回ったゼミ仲間たちも誰もそんな証言はしていない。男と女だからと言えばそれまでだが、警部はどうしてそこに確信が持てたのだろうか?
「古部さん、多田さんの気持ちは間違いありませんよ。毎朝駅の入り口で顔を合わせていたのがその証拠です」
 警部が彼女を見て言う。気付けばその口には昆布がくわえられていた。彼女が黙っているので私が返した。
「でも警部、毎朝ばったり会うのは普通なんじゃないですか?人間、案外時間通りに行動しているものですよ。特に多田さんも彼女も電車を利用していたわけですから、電車の時刻に合わせて毎朝定時に家を出る人は珍しくありません」
「フフフ、確かにね…。でも、それでも毎朝ばったり会うことは有り得ないんだよ。お、そろそろ時間だ」
 警部がそう言うと、信号が鳴って遮断機が下がり始めた。私たちは数歩後ろに下がる。
 カン、カン、カン、カン…。
「ムーン、時計を見ててね」
 信号の音に紛れて警部が言った。わけがわからないが私は腕時計を見る。昨日同様になかなか電車は姿を見せない。
 ゴトン、ゴトトン、ゴトン…。
 やがて駅から現れた朱色の車体が右から左にゆっくり流れていく。それが過ぎ去ってから私が言う。
「警部、一体これが…」
「ムーン、まだだよ」
 ハットを押さえたまま警部が返す。確かにまだ信号は鳴っている。ということは…。
 ゴトトン、ゴトン、ゴトン…。
 左から右に、反対車線にも電車が通過する。これも昨日と同様だ。駅に入る電車のためこちらもスピードは遅く、通り過ぎるには時間がかかる。
 全ての車両が去り、信号が鳴りやむとようやく遮断機が上がった。
「ムーン、踏み切りが閉まっていた時刻は?」
「え?あ、はい。7時27分から31分までのおおよそ四分間ですね」
「了解」
 満足そうにそう言うと、警部は右手の人差し指を立てて彼女に歩み寄った。
「よろしいですか古部さん。この踏み切りはその四分間通れないんですよ」
「は、はい」
 私同様、警部が何の話をしているのかわからないのだろう。彼女は曖昧に頷く。
「多田さんのアパートから駅の入り口に行くには、この踏み切りを越えなくてはなりません。そして踏み切りから駅まではせいぜい歩いて一分の距離です。確か古部さん、あなたは毎朝7時半ちょうどに駅に着いていましたね?」
 彼女はまた頷く。
「あなたには問題なくそれができるんです。でも多田さんにはできない。だって彼はこの踏み切りに足止めされてしまうんですから」
 ようやく警部の言わんとすることがわかってきた。そうか、そういうことか。
「もし多田さんが踏み切りに引っかからないように歩いたとすれば、7時27分にはここを通過するわけですから、28分にはもう駅に着いてしまう。逆に踏み切りに引っ掛かったとすれば、ここを通過するのは7時31分ですから駅に着くのは32分なんです。
 …つまり普通に歩いていたら、7時30分ジャストに駅に着くなんてことは彼には不可能なんですよ」
「え?でも、確かに毎朝多田くんは…」
 彼女はそこではっとしたように口を押さえた。警部が「そうです」と立てていた指をパチンと鳴らす。
「それでも毎朝7時30分に駅に着いていたということは、歩くスピードを故意に調整していたからとしか考えられません。あなたと会うために。それはつまり…そういうことです」
 彼女は目を丸くしている。無理もない。こんな愛情の証明法があるなんて一体誰が思うだろう。私に時刻表を調べさせたのも、遮断機が下がる時刻を推測するためだったというわけだ。まったく…だったら最初からそう言えっての!
「多田さんにとっては、毎朝あなたと顔を合わせること、そして改札まで一緒に歩くわずかな時間が何よりの幸福だったんですよ」
「そんな…」
 否定しかける彼女に警部はさらに伝える。それは多田が昨夜の聴取で明かした事実だった。
「多田さんが卒業後初めてあなたと再会した日、それは本当に偶然でした。彼は重い足取りでとてもゆっくり歩いていたので、ちょうど7時30分に駅に着いたのです」
 そしてその重い足取りの理由を警部は説明する。彼は長谷塚と異なり確かに就職できた。しかしそれは俗にブラック企業と呼ばれる劣悪な労働環境であった。毎日の過労とストレスで彼は心身ともに限界を感じていた。そう、その日彼は電車に身を投げることまで考えていた…そこまで追い詰められていたのだ。
 でもそこで彼女に再会した。学生自体の憧れだった彼女に。何気ない笑顔、何気ない挨拶、何気ない「頑張ろうね」の一言…それだけで彼はもう一度生きる気力を取り戻したのだ。
「それ以降多田さんはわざとあなたに会うようになった。まあちょっと気持ち悪い感じもしますが、私は彼は純粋な人間だとお見受けしました。純粋だからこその行動だったのでしょう。毎朝あなたと会えるだけで、彼は辛い日々でも笑って生きていけたんです」
 警部はそこでそっと微笑む。
「何が言いたいかおわかりですか?あなたは彼を救っていたんですよ。ね?あなたは疫病神なんかじゃない、愛される疫病神なんているもんですか」
 彼女の頬が少しだけ染まる。
「フフフ…人間って難しいですよね。誰かを幸せにしていることにはなかなか気付かないのに、誰かを不幸にした感覚は嫌ってほどあるんですから」
 そうか…そうだな。警部の言葉は私の心にも納得をもたらす。刑事の仕事だってそうだ。人の役に立つことはいつも手探りなくせに、役に立てなかった手応えばかり感じてしまう。
 まったくこの人は…時々いいこと言うくせに、どうしてそんな格好なの?どうして昆布をくわえてんのよ?この変人!
「古部さん、だから信じてみてください。あなたは自分の知らないうちにたくさんの人に幸せを与えてきたことを。これからもそうだということを…多田さんのためにも」
「…ありがとうございます」
 彼女は涙を浮かべて頭を下げた。そっと優しい風が吹きぬける。警部がこちらを見て目で合図した。そうだ、あのことを伝えないと。私は彼女に歩み寄る。
「あの古部さん、実はゼミのお仲間を回って話を聞いた時、みなさんおっしゃっていたんですよ。確か卒業後関西に引っ越された方がいましたよね?」
「ええ、萩尾くんが…」
「秋にご結婚されるそうなんです。ゼミの仲間を式に呼びたいんだけど、あなたは来てくれないんじゃないかって招待状を迷ってらっしゃるそうです」
「結婚式…」
 彼女は戸惑いの表情を見せる。まあ疫病神ならば一番行ってはいけない場所だろうけど、もちろんあなたはそうじゃないよ。あなただけじゃない、きっと誰でも誰かの救いの神になれる…生きることをあきらめない限り。
 警部が嬉しそうに言った。
「連絡してあげたらどうですか?そしてぜひ…式にも出席してあげてください。長谷塚さんや多田さんの分まで」
 彼女は黙って頷く。泣いてはいるが、そこには微笑みが浮かんでいるように私には見えた。

 やっぱり出勤します、と駅に向かった彼女を見送り警部と私は歩き出す。車は彼女のアパートに停めたままだ、そこまで戻らないと。
 カン、カン、カン、カン…。
 後ろで再び遮断機が下がり始める。
「お疲れ様でした、警部。お見事な推理でした」
「いやいや、私じゃない」
 そう言って警部は振り返る。
「あの踏み切りが教えてくれたのさ。あと…神社にお参りしたおかげかな」
 沿線の町並みにまたあの音が響く。

 ゴトン、ゴトン、ゴトトン…。

THE END.

■あとがき

 今回のお話の舞台は沿線の街。イメージはもちろん美唄です。家にいても窓の外から聞こえてくる電車の音は本当に心地良く、いつか題材にできないかなと思ってました。この街に来て10年。通勤途中の踏み切りで立ち止まる度にちょっとずつ考えていたのがようやく実を結んだ感じです。そんな感覚こそが、僕の生きる上でのこの上ない喜びなのです。

 そして愛する職場・美唄メンタルクリニックも、開院10年目を節目に来月『美唄すずらんクリニック』に生まれ変わります。線路沿いにそっと咲く花のような、そんな沿線のクリニックになれたらと思っています。

平成27年9月1日 福場将太

(写真:カヤコレ)

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