コラム

2017年3月★スペシャルコラム「刑事カイカン 二人のタイムカプセル④(解決編)」

*このコラムはフィクションです。

■第七章① ~野島武~

 アパートの前には昨夜も乗った女刑事の車が停められて板。俺は後部シートにカイカンと一緒に乗り込む。今日はカレーの臭いはしない。カイカンが「じゃあムーン、よろしく」と告げると、運転席の彼女は「わかりました」と車を発進させた。
 穏やかな振動の中、ぼんやり外を見る…車窓には夕暮れに向かう東京の街が流れていく。
 ふいに切ない気持ちが込み上げた。自分は何をやっているんだろう。何をやってきたんだろう。そして…どこへ運ばれていくのだろう。
 車内は沈黙に包まれ、警察無線だけが時折けたたましく騒いでいる。
「野島さん…」
 やがて隣のカイカンが右手の人差し指を立てて口を開いた。
「ずっと考えていたんですよ、どうしてあなたが今になってタイムカプセルを掘りに行ったのか。カレンダーを見て思い出したとおっしゃっていましたが、2月は毎年来るものですからね。特に今年に限って思い出すというのも不思議な話です」
 俺は何も返さない。刑事は続けた。
「そもそもタイムカプセルを掘り出すタイミングとは一体いつなのでしょう。埋めてから5年後か10年後か20年後か…。実は私の知人で10年後の3月3日に掘り出そうと友達と約束してタイムカプセルを埋めた人がいましてね、それを聞いて思ったんです。野島さんと大宮さん、あなた方の場合もそうだったのではないかと。つまり、何年後かの同じ日付に掘り出そうと約束した。
 しかしそれが28年後というのはちょっと中途半端ですよね。30年ならまだしも…。28年という数字にはどんな意味があるのか…あれこれ考えました」
 そこでカイカンが少しこちらを見る。
「そんな時にふと気が付いたんです…曜日のずれに。あなたの同級生だった小杉篤実さんが不慮の事故で亡くなられたのは、2月14日のバレンタインデーでした。憶えていらっしゃいますか?」
 突然篤実の名前が出て俺は動揺する。思わず振り向いて「どうして彼女のことを知ってるんですか?」と尋ねた。
「あなたや大宮さんのことを調べているうちに、同級生や先生から彼女の話を聞きました。小学6年生の頃、同じゲームクラブで三人はとても仲良しだったと。やはり小杉さんのことを憶えていたのですね」
「当然です。大切な…友達でしたから」
「彼女の事故はあなたにとってたまらなく辛いことだったと想像します。…それで野島さん、その事故の日が何曜日だったか憶えてますか?」
 何の話をしようとしているのか俺にはわからなかった。確かあの日は…。
「土曜日です。午後から大宮が俺の家に遊びに来てましたから憶えてます」
 刑事は少し微笑む。
「そう、土曜日です。担任の里見先生もその日は土曜日だったとおっしゃっていました。しかしそうなると食い違いが出てくる。
 野島さん、確かあなたは2月の最終日、大宮産と日曜日の学校に忍び込んでタイムカプセルを埋めたとおっしゃいましたね。2月の最終日は28日です。つまり14日が土曜日だったのなら28日も土曜日でなければおかしい。
 それなのにタイムカプセルを埋めたのは日曜日…これがどういうことかおわかりですか?」
 もちろんわかる。そんなの簡単だ。
「うるう年ですか」
 そこでカイカンは立てていた指をパチンと鳴らす。運転席の女刑事も僅かに反応した。
「そのとおり、その年はうるう年だったんです。となれば2月の最終日は29日の日曜日で曜日のずれはなくなります。そういえば今年もうるう年。このことに気付いた時、どうしてあなたが28年後の今年にタイムカプセルを掘りに行ったのかわかりました」
 カイカンの語調が強まる。
「あなたと大宮さんはこう約束されたのではありませんか?…『次に2月29日の日曜日が巡ってきたらその時に掘り出そう』と。
 フフフ、子供の約束ですからね…それが何年後に巡ってくるのかまでは深く考えていなかったのでしょう。通常、同じ日付で同じ曜日の日は5・6年後に巡ってきます。しかし2月29日は4年に一度しか来ない、しかもそれが同じ曜日となると巡ってくるのは…」
「28年後ですか」
 俺が答えるとカイカンは満足そうに「そういうことです」と言った。
「野島さん、今年がその28年ぶりの約束の年ですね。2月29日が日曜日になるうるう年ですね。何が言い対価おわかりですか?あなたは思い付きであの場所に行ったわけじゃない。約束を守って約束どおりの日に行ったんです。そう、大宮さんもそこに来ると信じて」
 俺は大きく息を吐く。素直に感服した。
「お見事です、刑事さん。おっしゃるとおり、俺はずっと約束を憶えていました。毎年指折り待ってましたよ、海外に行った大宮と再び会えるその日を。だから俺は2月29日に公園に行きました。あいつもきっと来てくれると思って。だってあいつは約束は絶対守る奴でしたから」
「29日の日中、あなたが公園内で誰かを待っていた姿が目撃されています。しかし、結局彼は現れなかった。だからあなたは一人で掘り出すことにしたんですね?」
「ええ、夜中の0時まで待ちましたよ。大宮は必ず来ると信じて…。来ないんで深夜2時くらいまで待ちましたかね。それでも来ないんで、意を決して一人で掘ることにしました。近くの工事現場からシャベルを失敬して…。
 交通事故の後遺症で重労働はできませんので、ゆっくり時間をかけて掘りました。そして朝が来て、ようやく見つけたのがあの白骨でした」
「それで驚いて腰を抜かしているところを、犬を連れて散歩していたおじいさんに目撃されたわけですね」
 俺は黙って頷く。カイカンは視線を窓の外に向けて言った。声も少し小さくなる。
「本当に…悲しい話です。あなたは桜の木の下で大宮さんが来るのをずっと待っていた。でも彼はその地面の下に埋まっていたわけですから…」
 そこでまたカイカンはこちらを見た。
「どうして嘘をつかれたのですか?カレンダーを見て思い出したなんて言わず、約束どおりにタイムカプセルを掘りに行ったとおっしゃればよかったのに」
 俺は押し黙り、「すいません」とだけ返した。そして「刑事さん、大宮はどうして死んだんです?」と問う。すると今度はカイカンが沈黙する。
 言葉のない車内。窓から注ぐ夕焼けは徐々に弱まってきている。都会の喧騒の中、人々は急かされるように行き交っている。それはまるで映画のスクリーンを見ているかのような、別世界の光景に感じられた。
「そうですね…」
 やがて低い声が静かに告げる。
「そのことも明らかにしなくてはいけませんね。でもそれは現場に行ってからにしましょう」
「間もなく到着します」
 女刑事が言った。気付けば車は五本桜公園の近くまで来ていた。

■第七章② ~ムーン~

 私は公園の入り口に車を停める。後ろのドアが開き警部が、続いて野島が降りる。車を邪魔にならない位置まで移動させると、私も合流して三人で園内に入った。他に人の姿はない。散歩道、噴水横を通り過ぎあの五本の桜の前まで来る。
「ご足労おかけしました野島さん」
 警部は隣で肩を落としている男にそう告げた。車内で語られた『どうして28年後にタイムカプセルを掘ったのか』という謎解き。それを聞いてようやく警部のヒントの意味がわかった。
 …これで遺体発見の経緯ははっきりした。次はいよいよ大宮がこの場所に埋められた謎だ。果たして誰が彼を殺害し、どうしてここに埋めたのか。
「それでは、事件を解明しましょう」
 警部が掘られた穴の横に立って始める。
「この事件の大きな謎は、どうして大宮さんはこんな場所に埋められていたのかということでした。たくさんの人が行き交う公園は遺体を隠す場所としては不適当です。穴を掘っていても目撃されるリスクが高いし、遺体を埋めた後でも発見されるリスクが高い。犯人にとってよいことはありません。
 どうしても園内に埋めるしかなかったにしても、もっと目立たない場所を選ぶはずです」
 野島は何も返さない。警部は続けた。
「ではどうしてわざわざここに穴を掘って遺体を埋めたのか?…ずっと考えていましたが答えが出ません。でもそれは当然なんです。そもそもこの疑問が間違っていたんですから」
 警部は少し笑ってちらりと私を見た。
「ある人がいいましてね、『穴があったら入りたい』と。これは恥ずかしいことがあった時の慣用句ですが、『穴を掘って入りたい』ではなく『穴があったら入りたい』というのがポイントです。そう、いくら恥ずかしいことがあったからといってわざわざ自分で穴を掘る人はいない。でももしそこに穴があったら入りたい…これが人間の心理ですよね。
 大宮さんの遺体が埋められた時もこれと同じだったんですよ。つまり犯人は特にここに遺体を埋めたかったわけじゃない。ただ彼を殺害してしまった時、そこに穴があったから埋めることにしたんです。要するにこれは計画的な犯行ではなく衝動的な殺人ということです」
 そこで警部は右手の人差し指を立てた。
「しかし人間一人が入るくらい大きな穴がどうしてあったのか…。他の誰かが掘ったのでしょうか?いや、他の誰かが掘った穴に勝手に遺体を埋めるなんてのは危険極まりない。犯人は遺体を隠しても誰も掘り返さない穴だと知っていたからこそ利用したはずです。
 …つまり、穴を掘ったのも犯人自身と考えるしかないのです」
 それは発想の逆転だった。通常衝動的な犯行であれば犯人は殺人を犯した後で遺体を隠すために穴を掘る。しかしそうではなく、犯人は殺人に及ぶ前にもう穴を掘っていて、その穴があったからそこに遺体を隠すことにしたと警部は言っているのだ。確かにそれならば遺体が不適当な場所に埋められたのにも説明がつく。
 しかし…その論理は大きく矛盾している。衝動的な殺人なのに、犯人が先に穴を掘っているはずがない。
「つまり犯人は遺体を隠すためではなく、別の目的で穴を掘っていたことになります」
 私の胸中を察したように警部が言った。
「ではここでクエスチョン。たまたま穴を掘っている状況とはどういう時でしょうか?」
 野島は沈黙を通している。
「フフフ…それはもうこの場所を考えれば一つしかありません。そう、タイムカプセルを掘り出していた時です。つまり犯人は大宮さんと一緒にここでタイムカプセルを掘っていた人物」
 低い声が強みを帯びてくる。そういうことか…。私の緊張も高まる。となると犯人は…。
「ではタイムカプセルを掘り出すのは誰か?それはもちろんタイムカプセルを埋めた人物です。大宮さんと一緒にタイムカプセルを埋めた人物はこの世界に一人しかいません」
 そこで警部は硬直する男に告げた。
「それは野島武さん、あなたです。あなたが大宮さんを殺害しここに埋めた犯人なのです」

 気付けば日は大きく傾いていた。少しずつ辺りが夕暮れに包まれていく。犯人と名指しされた男は両方の拳を足の横で強く握り、地面を睨み付けるように下を向いたまま直立している。
「野島さん、認めて頂けますか?」
 警部の問いに彼は何も返さない。
「あなたしか考えられません。この殺人はあなたと大宮さんが二人でタイムカプセルを掘り出していた時に起こったのです。あなたが28年前の約束を私たちに隠したのも、そのことを知られたくなかったからですね?」
 掘られた穴を一瞥して警部は続ける。
「反抗は18年前、あの同窓会の夜に起こりました。久しぶりに大宮さんと再会したあなたは、彼と二人でここにやってきた。そこでタイムカプセルを掘り出そうという話になったのではありませんか?約束の日まではまだ18年ありましたが、大宮産は海外に旅立とうとしていました。その前に掘り出そうということになったのでしょう。
 当時ここは小学校が廃校になり、公園に改装するための工事が始まっていました。だからシャベルも置いてあったのかもしれません。二人で地面を掘った…しかしそこで何らかのトラブルがあり、あなたは彼を殺してしまった。そして二人で掘った穴に彼の遺体を隠した…」
「いい加減にしてくださいよ」
 野島が憤激を込めてついに口を開く。そして頬をこわばらせた顔を上げて怒声を放った。
「何を言ってるんですか刑事さん。さっきは俺が大宮が来ると信じて約束の場所に行ったって言ったじゃないですか。俺がここであいつが来るのを待ってたって言ったじゃないですか!それなのに…。
 自分で殺したんなら大宮が来るのを待ったりしません。自分で遺体を埋めて、18年後に自分で掘り出して腰を抜かすなんて…そんな馬鹿なことするわけないじゃないですか!」
 野島の言うとおりだ。彼が遺体を発見しなければそもそもこの事件が明るみに出ることはなかった。犯人ならばそんなことをするはずがない。しかし、警部はこの矛盾を切り崩すカードを既に手にしている。そう、今朝すずらん医大病院で私に調べさせたあれだ。
 …そうか、そおういうことだったのか。
「野島さん、あなたが自分で遺体を発見した理由はただ一つ…殺害したことを忘れていたからです」
 野島が目を見開いて口をつぐむ。
「交通事故による逆行性健忘…あなたが入院した時のカルテの中に精神科医の記録がありました。交通事故の被害者は事故に遭う前の記憶を失ってしまうことがあるそうですね。
 野島さん、あなたは同窓会を出てから事故に遭うまでの間の記憶を失くしてしまった。つまり大宮さんとここに来てタイムカプセルを掘り、殺害して彼をその穴に埋めたことを忘れてしまったんです。
 あなたが車道に飛び出して車にはねられたのもお酒に酔っていたからじゃない。反抗の直後で気が動転し、慌てて逃げ帰っていたからです」
 いくつものエピソードが警部の推理で繋がる…そう、一本のストーリーになっていく。つまりこの事件は、反抗直後に犯人がその記憶を失い、時が経ってから自分で自分が埋めた遺体を発見したという犯人すら気付かない自作自演だったのだ。
 苦虫を噛み潰したように顔をしかめて言葉に窮する野島。ボロボロのコートとハットをまとった天才はさらに続けた。
「遺体を発見してそこで初めてあなたは自分の犯行を思い出した。あなたが腰を抜かして青ざめていたのは白骨に驚いていたからだけじゃない、自分が殺人者だと知ったからです」
「俺は…知りません」
 野島は歯を食いしばって抵抗するが、警部は追及を緩めない。
「いえ、あなたの記憶は戻っているはずです。だからこそ事情聴取で必死に遺体が大宮さんではないかと私に確認したんです。もしそうだったら自分の記憶が事実だと証明されますからね。
 それにあの時あなたは『大宮は東南アジアに行こうとしていた。人助けがしたかったんですよ。あいつの無念を晴らしてください』とおっしゃいました。どうして彼が出国前に亡くなったとわかったんですか?帰国して亡くなった可能性だってあるのに。
 …あなたは知っていたんです。彼は旅立つ前、同窓会の夜に自分の手によって殺されたことを」
 名刑事…この人は人の心が読めるわけではない。ただ相手の言葉の小さな矛盾・不自然さをけして見逃さず、そこから推理と論理によって相手の真実まで到達するのだ。そう、同じ物を見て同じ話を聞いた私には全く届かなかった天上の真実に。
 それともまさか…前髪に隠されたあの右目は心まで見透かせるのだろうか?
 そんな空想に引き込まれそうになるのをグッとこらえ、私は息を呑んだ。

 流れる沈黙。冷たさを帯びた風が公園の木々を揺らす。そして誰も言葉を発さぬ中、新宿にそびえるビルの谷底へ斜陽は完全に姿を消した。
 私は唇を結んで見守る。残照が消え刻一刻と黒に染まっていく青い夕闇の中、警部と野島は無言で対峙し続けていた。
「…証拠はあるんですか?」
 野島は消え入りそうな声で搾り出す。その瞳は充血し、古傷を負った下顎はいびつに震えている。
「証拠ですか…」
 警部が残念そうに呟き、立てていた指を下ろしてから言った。
「大宮さんの致命傷は後頭部への細い凶器による一撃でした。状況から考えて、タイムカプセルを掘る時に使用したシャベルで殴られたものと思われます。18年前のことですから、このシャベルを発見するのは困難でしょう」
 野島は何も返さない。
「しかしシャベルで後頭部を殴れば、犯人は必ず返り血を浴びたはずです。つまり犯人の衣服には大宮さんの血液が付着している。そう、これを確認すればいい」
「何を言ってるんですか刑事さん。それこそそんな服が残ってるはずないでしょう」
 野島が僅かに鼻で笑う。しかし警部がひるむはずはなかった。
「いいえ、残っているんです。だってあなたは交通事故の被害者なんですよ?事故に遭った時の衣服は証拠品として保管されています。服は血で汚れていました…でもそれはあなた自身の出血だと当時の警察は判断しました。無理もありません。車にはねられた人の服がもともと返り血で汚れていたなんて誰も想像しませんからね。
 よろしいですか?つまりその福からあなたの血液に混じって大宮さんの血液も検出されれば…決定的な証拠になるんですよ」
 野島の顔から完全に血の気が引く。もう一押しだ。警部がこちらを見た。私は頷く。
「警部のご指示でいつでも衣服を乾式に回せる手はずになっております」
 一歩前に出てそう言うと、野島は膝を折ってその場に崩れた。憑き物が落ちたように、前身から力が抜けていく。
「俺が…俺が殺して埋めました」
 そう囁くと、ずっとこらえていた感情が破裂したように彼の瞳から涙が溢れ出す。そして声を上げて泣き始めた。警部は優しく「わかりました」とだけ告げる。
 陥落…またも一つの事件が解き明かされたのだ。
 それにしても未解決のひき逃げ事件ならともかく、とっくに解決ししかも18年も経過した交通事故の被害者の衣服を警察が保管しているとは考えにくい。今のは野島に自供させるための警部のはったりだったのだろう。私もそれがわかったからアイコンタクトで加担した。
 野島はあの穴に向かって額を地面にこすり付けている。うずくまって泣くその姿は亡き親友に許しを乞うているかのようだ。
 警部と私のしたことはアンフェアだったかもしれないが、今回はこれでよかったのだと思う。罪を認めて全てを吐き出す以外、この慟哭者が救われる方法はなかっただろうから。

 間もなく辺りは完全な夜に包まれた。園内の外灯が点り、悲しみに暮れる男を寂しく照らし出す。警部はただ黙ってその影を見つめていた。

■第八章① ~野島武~

 ワンワン声を上げて俺は泣いた。前にもこんなふうに無防備に泣いたことがあった。そう、あれは…教室で先生から篤実の死を知らされた時だ。俺はあの頃から何も成長していない。どれだけ年齢を重ねても、結局こうやってみっともない姿をさらしている。

 ひとしきり泣き終えるのを待って、二人の刑事は俺を立たせてくれた。そしてそのまま近くのベンチに誘導するとカイカンが隣に座り、女刑事は少し離れて立つ。まだ鼻をぐずつかせている俺に、そっと低い声がかけられた。
「野島さん…話して頂けますか?同窓会の夜、あなたと大宮さんの間に何があったのか」
 小さく頷く。もう抵抗する気はなかった。蘇った記憶を俺は少しずつ言葉にしていく。
「一次会が終わって店を出た時、大宮がもう少し話そうと誘ってきたんです。最初は二人で二次会にでも行くのかと思ったら、あいつは俺をこの場所に連れてきました。そして、自分が海外に行く前に一緒にタイムカプセルを掘ってほしいとあいつは言いました」
 あの夜の光景が浮かぶ。当時この辺りは校庭から公園に改装するための工事が始まっていた。もちろん俺たちが来た時刻には作業員など誰もいなかったが。置かれていたシャベルを失敬して俺と大宮はタイムカプセルを掘った。そう、五本桜の真ん中の木の根元を。手を動かしながら、大宮は「タイムカプセルの中にお前に見せたい物がある」と言った。
 一時間、そして二時間近くが経過しただろうか。しかし、どれだけ掘っても目当ての物は見つからなかった。かなり深く、そして広い範囲で掘ってみたがそれでもタイムカプセルは欠片すら出てこない。深夜0時を回った頃、俺たちはあきらめてシャベルを置いた。
「見つからなかったんですね…」
 カイカンが呟く。俺は「ええ」と答え語りを続ける。
「空っぽの穴を前に、俺と大宮は最後の会話を交わしました…」

***

 おかしいなと言った俺にあいつは「疲れさせてすまなかった」と返し、続けて「話があるから聞いてくれ」と真剣な眼差しで言った。
「改まってどうしたんだよ」
 と、俺。大宮は数秒沈黙し、決意したように口を開いた。
「俺は…篤実が好きだった」
 予想外の話題だった。
「俺は篤実のことが好きだったんだよ。野島、お前もそうだったんじゃないか?」
「そうだよ、俺も篤実が好きだった」
 随分久しぶりに彼女の名前を口にする。大宮の視線に正面から応えるように、俺は素直にそう認めた。大宮も同じ思いだったことはそれほど意外ではなかった。むしろ納得した。そしてずっと話題から逸らしていた俺たちのマドンナについて、親友と今こそ語りたいと思った。
 しかし…あいつの次の言葉で状況は一変する。大宮は俺を見ながら言ったのだ。
「バレンタインデーの日、篤実をあの場所に呼び出したのは俺だ」

***

 二人の刑事の瞳に驚きの色が浮かぶ。夜風の中、辺りには俺の情けない声だけが虚しく舞っている。
「それを聞いた瞬間、頭に血が上りました。あいつは何度もごめんと謝ってましたけど…そんな言葉で許せるわけないじゃないですか。別にあいつと篤実がバレンタインデーに二人で待ち合わせしてたとしてもそれはいいんです。それは…仕方ないことですから。
 でも、でもあの日…大宮は俺の家にいたんです。あいつは篤実との約束を忘れて俺と遊んでたんです。あいつがちゃんと待ち合わせの場所に行ってたら彼女が事故に遭うこともなかったかもしれない。そう思ったら悔しくて悲しくて…」
「…ナルホド」
 呟くカイカン。暴れだす感情を抑えられず俺は声を荒げた。
「もっと許せなかったのは、大宮がそのことをずっと黙っていたことです!待ち合わせの相手は大宮だったんじゃないかと俺だって一度は疑いました。でもそんなことはないって信じてたんです。信じていたんですよ、親友のあいつを!
 言いづらかったのはわかります。でもせめて…俺には打ち明けてほしかった。だって俺たちは親友だったんだから。それなのにあいつはずっとそれを隠していた。篤実を事故に遭わせておいて、ずっと俺を騙していたんです。そう思ったら憎くて憎くて…」
「それが…動機でしたか」
 低い声が重たく響く。
 そう…大宮に裏切られた俺はもう冷静ではなかった。あいつは何度も頭を下げ、自分のせいで篤実を死なせてしまったと懺悔した。そして掘った穴の方を向き、彼女が生きていれば三人でタイムカプセルを掘り出せたのにと淋しそうに言った。
 その瞬間、俺は足元のシャベルを手に取り、あいつの後頭部に振り下ろした。鮮血を俺の顔や服に散らしながら大宮はそのまま穴の中に倒れこむ。そして何かうめいた後、ピクリとも動かなくなった。
「あとは刑事さんが推理されたとおりです。俺は大宮に土をかぶせ穴を埋めると、一目散にその場から離れました。
 …言い訳する気はありません。あの時の俺は確かに殺意を持ってあいつを殴ったんです」
「正直に教えて頂いてありがとうございます」
 静かにそう言うとカイカンは腰を上げた。そしてゆっくり深呼吸して俺に向き直る。
「バレンタインデーの日…大宮さんが約束をすっぽかし、待ちぼうけになった小杉さんが事故に遭った。確かにそれが事実なのかもしれません。しかしそう決め付けるのは早計かもしれませんよ」
 これまでと違い、それは温かみのある声だった。俺は呆然と地面を見つめたまま「どういう意味ですか?」と尋ねる。
「あなたの知らない真実があるかもしれないということです。今からそれを一緒に見つけませんか?」
「…何を言ってるんです。28年も前のことをどうやって調べるんですか。もう篤実も大宮も…この世にいないのに」
「確かに二人はもういません。でも、28年前の大宮さんの気持ちを保管してくれている物があるじゃないですか」
 カイカンは一歩俺に近付く。
「野島さん、そろそろ掘り出しましょうか…タイムカプセルを」

 この刑事、一体何を言ってるんだ?確かにここに来る時もそんなこと言ってたけど…タイムカプセルがもうないことは明らかじゃないか。18年前に大宮と一緒に掘った時も、一昨日の朝に俺が一人で掘った時も見つからなかった。それが今更出てくるわけがない。
 顔を上げて見るとカイカンの隣で女刑事も戸惑いの表情をしている。
「準備はしてくれたかい、ムーン?」
「あ、はい。スコップ…じゃなくてシャベルは一応私の車のトランクに積んでますけど」
「じゃあ持ってきて。野島さん、一緒に掘りましょう」
 いい加減あきれて俺も立ち上がる。
「刑事さん、だからタイムカプセルはもうないんですって!」
 俺は五本桜の真ん中の木の根元、一昨日俺が掘った穴を指差して言う。
「ほら、あんなに掘っても出てこなかったんです。あれ以上掘っても無駄ですって」
「確かにあの木の根元にはないようですが…野島さん、あなた方は掘るべき場所を間違えていたんですよ」
 …え?
「正しい場所にはきっとまだ埋まっているはずです…大宮さんがあなたに伝えたかった真実が」
 カイカンはそう言うと桜の方へ歩き出す。女刑事は言われるままにシャベルを取りに行き、俺も全くわけがわからないままカイカンを追った。
 …場所を間違えてる?そんなわけないじゃないか。ここは俺と大宮が通った小学校だぞ。五本の桜のうち真ん中の木の根元…こんなにわかりやすい目印をどう間違えるって言うんだ?

 女刑事が三人分のシャベルを抱えてくる。カイカンはまた右手の人差し指を立て、あの穴のそばで話しを始めた。
「野島さん、タイムカプセルは五本ある桜のうち、真ん中の木の根元に埋まっていたんですよね?」
 俺は感情なく「だからそう言ってるじゃないですか」と返した。カイカンはポケットから一枚の紙を出して広げる。
「実はこれ、卒業アルバムのコピーでして、あなたのいた6年1組の集合写真です。五本桜を背景に生徒たちが並んでいますね」
 こちらに示された写真…そこには篤実や大宮の顔もある。俺はすぐに目を逸らした。
「それが何ですか?」
「よく見てください。桜の枝の感じや高さが今と違うんですよ」
 わけがわからない。さすがにイライラしてきた。
「28年も前の写真ですから変わっていても当然でしょう」
「確かにそうですね。でも考えてみたんです…この違和感の正体を。そして思い付きました」
 カイカンは公園の中心を指差す。そこには大きな噴水。
「あの噴水はもちろんここが小学校だった頃にはありませんでしたよね。ここが公園になる時に造られた物でしょう。そして噴水を造るとなると、当然水道管の工事が必要になります。
 その工事の際に、どうしても桜の一本が邪魔になったのではないでしょうか。一番右の桜が…」
 刑事は五本の桜を順に見ながら話す。
「五本桜小学校という名称からもわかるように、五本の桜は学校の象徴でした。それを切り倒すことはできない。そこで一番右の桜を一度抜いて、一番左に植え直したのではないかと思うんです。こうすれば五本並ぶ桜は変わらない」
 桜を…植え直した?ということはまさか…。
 カイカンは説明する。卒業アルバムの写真では一番右の木が五本の中で最も背が高かった。しかし今は一番左の木が最も背が高い。それこそが桜が移動した証拠だと。
「ちょっとそれを見せてください」
 俺は写真を受け取りその中の桜と今の桜を見比べる。確かに…枝ふりや幹の感じも一致する。一番右にあった桜が今は一番左に植え直されていることに間違いはない。
「どういうことかおわかりですね?あなたと大宮さんが同窓会の夜にここに来た時、すでに桜の移植は終わっていたのです。だからどれだけここを掘ってもタイムカプセルは見つからなかったんです。
 かつて五本桜の真ん中にあった木は今は一本右にずれて…」
 カイカンはスタスタと歩き出す。俺と女刑事は導かれるようにその後を追った。一本右の桜にたどり着くと、カイカンは人差し指を立てていた手を開きその幹に触れた。
「右から二番目のこの木というわけです」
 俺もまじまじとその木を見つめる。これが…目印の木?俺たちのタイムカプセルを埋めたあの木なのか?
 そう思った瞬間、全身を懐かしさが包み込んだ。まるで温泉にでも浸かったように、それは優しく暖かい感覚だった。

 写真を返すと代わりにシャベルを手渡される。俺は二人の刑事と木の根元を掘った。
 今更見つけて何の意味がある?…そう自分に問いかけたが、俺の腕は見えない何かに突き動かされるようにシャベルを地面に突き立てていた。
「野島さん、お体に障らないようにしてくださいよ」
 カイカンが言う。俺は「大丈夫です」と返し一心に作業を続けた。園内の外灯に照らされながら穴を掘る男二人に女一人…。俺は大宮と篤実と三人でタイムカプセルを掘り出している姿を思い浮かべた。その叶わなかった約束を果たす、夢の中の俺たちを。

 …コツン。

 シャベルの先が何かに触れた。シャベルを置き、三人でしゃがみ込んで土を手で払う。そして、28年前に確かに埋めた憶えのある金属製の箱が現れた。
「…あった」
 思わず口から漏れる。あった、あったんだ。もうとっくにあきらめていたタイムカプセルが!こいつは28年もの間、ここにずっと眠っていたんだ。
 見ると二人の刑事も土まみれになっている。こんな時でもコートとハットを着用したままの不気味な男は、俺が手にした箱を見つめながら「よかったですね」と笑う。それは子供のように純真な微笑みに見えた。

 厳重な封を剥がし箱を開く。黴臭い臭いがする。中には変色して黄ばんだ紙がいくつか入っている。俺は土で汚れるのも構わずそれらを確認した。
 まずはゲームクラブで造ったゲームたち。これは篤実が考えたメルヘンすごろく、これは大宮が考えた探偵ポーカー、これは俺が考えた逆転人生ゲーム…。
 紙をめくる指が震える。喉が熱くなり、呼吸が浅く速くなる。篤実のイラスト、大宮の文字…それらが目に飛び込んできて頭の仲にフラッシュバックを巻き起こす。三人で笑っている場面、三人で歩いている場面、三人で宿題をしている場面。轟く雷光のようにいくつもの思い出が浮かんでくる。
 そして紙の間から一枚の写真が落ちた。そっと手に取るとその中には少女を囲んでピースする二人の少年の姿。あどけなく笑う篤実、自信に満ちた大宮、幸せそうな俺…。
「ああ…」
 ふいにその映像がぼやける。さっきあれだけ泣いたのにまた出てきやがった。思わず目をこすると土が入って余計に涙が溢れた。
「う、う、う…」
 悔しい?悲しい?いや違う、淋しいんだ。俺は淋しくてたまらないんだ。会いたい、会いたいよ篤実、大宮…。
「使ってください」
 女刑事がハンカチを渡してくれる。見ると彼女はまるで祈るような…俺に何かを託しているような瞳をしていた。礼を言って受け取るとそっと自分の目に当てる。
 再びグズつく俺にカイカンが優しく言った。
「同窓会の夜、大宮さんはあなたをここに誘いタイムカプセルを掘ろうと言った。きっとあなたに見せたい物がその中にあったからだと思います」
「…はい」
 俺はハンカチを胸ポケットにしまい、さらに紙をめくっていく。そして箱の一番底に一枚の封筒があるのを見つけた。その表には大宮の文字で『野島へ』と記されていた。
 これが…大宮の見せたかった物?俺は深呼吸してその封筒を開く。中には数枚の手紙が入っていた。四つ折のそれを静かに広げる。

***

 野島へ

 お前に伝えなくちゃいけないことをここに書く。本当は今すぐ言葉で伝えなくちゃいけないんだけど、俺にはそれができない。でもこれはとても大切なことだから、けして忘れないために、手紙で残そうと思う。

 バレンタインデーの日、篤実をフェンス前に呼び出したのは俺だった。俺がそうするようにあいつに言ったんだ。実は、一ヶ月前に篤実から相談された。お前のことが好きなんだと。別の中学に行くお前に思いを伝えたいがどうしたらいいだろうと。
 だから俺は言ったんだ、バレンタインデーにチョコレートを渡して告白すればいいと。恥ずかしがっていた篤実に俺は協力すると約束した。そしてあの日、篤実にフェンス前で待っているように言い、俺がお前をそこに行くように促す計画を立てた。

 本心を言うと俺は篤実が好きだった。でもお前はいい奴だから篤実がお前を好きになったのもわかる。俺はあの日、お前の家に遊びに行った。適当なタイミングでお前にフェンス前に行くよう言わなくちゃいけなかったのに、なかなかそれが言い出せなかった。お前も篤実のことが好きなのはなんとなくわかってたから、二人はきっと両想いになる。そうなったらもう三人でいられなくなるのかもしれない…そ思うとどうしてもためらってしまったんだ。
 そして俺がグズグズしていたせいで篤実は事故に遭った。俺があいつを死なせてしまったんだ。

 本当はすぐにでもこのことをお前に言わなくちゃいけない。家族のいなかった俺にお前は分け隔てなく接してくれた。友達になってくれた。そんなお前に黙っているわけにはいかない。

 でも今はどうしてもそれができない。本当のことを伝えたらお前まで去っていくのではないかと思うと怖くてたまらないんだ。篤実がいない世界でお前まで失うのは俺には耐えられない。今お前との友情まで失うわけにはいかないんだ。
 俺は最低な臆病者だ。卑怯者だ。
 でも野島、今は無理でも俺はいつか必ずお前に伝える。それは約束する。だからこの気持ちを忘れないためにこの手紙を残すんだ。俺はもっと強くなる。いつかお前と一緒にタイムカプセルを開いた時、この手紙をお前に読んでもらいたい。そして心からお前に謝りたい。その時はどれだけ俺を責めてくれてもいい。恨んでくれてもいい。

 それでも俺たちは親友でいられると信じている。
 野島、本当にごめん。

大宮光路

***

「う、うう…」
 手紙の最後には、28年前の2月29日付けでのあいつの署名があった。また別の涙が滲んでくる。
 大宮、お前はずっと苦しんでいたんだな。篤実から相談されて、お前も彼女が好きだったのにそれでも俺たちがうまくいくように段取りしてくれたんだな。でもそのことで篤実があんなことになって…ずっと自分を責めていたんだな。
 女刑事に借りたハンカチで俺はまた目を覆う。そして大宮からの手紙をそっとカイカンに差し出した。
「私たちが読んでもよろしいのですか?」
 俺は黙って頷く。

「…ナルホド」
 読み終えたカイカンはそっと手紙を女刑事に渡した。じっと目を通す彼女の隣で、優しい声が俺にかけられる。
「28年前、大宮さんはどうしてもあなたに謝罪することができなかった。でもいつか必ず謝罪すると決めて、その気持ちを忘れないためにこの手紙を書いたんですね。同窓会の夜、大宮さんはこの手紙をあなたに読ませたかったんですね。そしてその時こそ謝罪するつもりだった。
 しかしタイムカプセルが見つからず、直接口で伝えることにしたんでしょう。結果言葉が足りずあなたに誤解させてしまった…」
「うう、う、う…」
「誰一人悪くない。大宮さんの気持ちに気付かず自分の恋心を相談してしまった小杉さんも、自分の気持ちを押し殺して彼女とあなたを取り持とうとした大宮さんも、そして小杉さんと大宮さんのことがとても大切だったからこそ誤解してしまったあなたも…誰も悪くありません」
「そんなこと…」
「あなたの罪はあなただけの罪ではありません。でももう…それを償えるのはあなただけです。亡くなられたお二人のためにも、あなたはこれから償いの人生を生きてください」
 ハンカチを離して刑事を見る。カイカンは祈るような目で俺を見ていた。隣で女刑事も同じ眼差しをしている。どちらも俺に求めていた…生きて、と。
 生きる?…そうだな。
 篤実も大宮ももういない。俺だけが…この世界に残されている。だから三人のためにこれから何かをやれるとしたら、それは俺の役目なんだ。
「刑事さん、ありがとうございました」
 涙を拭って俺は立ち上がる。
「俺、頑張ります…これから」
 そう言ってもう一度タイムカプセルに入っていた写真を見る。
 あの頃…俺はとっても幸福だったんだな。好きな女の子と両想いで、最高の親友がいて。それがわかってよかった。それがわかったから、これから先の人生がどれだけ淋しくても頑張れる。険しい道でも…俺は歩いていける。
 写真の中にはあの頃の三人が笑っている。
 可愛い篤実、自信に満ちた大宮、相変わらずさえないけど幸せそうな俺。

 俺は…生きなくちゃいけないな。

■第八章② ~ムーン~

 野島が腰を上げたので警部と私も立ち上がる。大宮の手紙を彼に返すとそれは丁寧に折りたたまれて再びタイムカプセルの中にしまわれた。野島がどういう気持ちでありがとうと言ったのか私にはわからない。ただその瞳には確かな光が宿っていた。
 明かされた真実は彼にとって救いばかりではなかった。むしろそのまま土の中に埋めておきたいような残酷さをいくつも含んでいた。それでも人は真実を知ったからこそ手にできる力もあるのだろう。
 タイムカプセルをしっかり胸に抱いたまま野島は歩き出す。
「実は刑事さん、タイムカプセルを埋める日付は篤実があらかじめ決めていたんです。忘れないように2月29日の日曜日にしようって。そしてまた同じ2月29日の日曜日が来たら三人で掘り出そうって決めたのも篤実でした。まさかそれが28年も後だなんて思いませんでしたけど」
 彼は少しだけ微笑む。
「でもそのおかげでこのタイミングで掘ることができました。そして失っていた記憶を取り戻すこともできました。親友を殺してしまったことを忘れて生きてるなんて…悲しいですから」
 警部も歩きながら優しく返す。
「そうですね。掘った穴は警察の方で埋めておきますのでご安心ください」
「…安心しました」
 そんな会話を交わしながら夜の公園…かつてたくさんの子供たちをはぐくんだ学校だった公園を歩いていく。
「車、回してきますね」
 そう言って駆け出そうとした私を警部が「待って」と呼び止めた。
「野島さんは私がタクシーで警視庁まで送るよ」
「え?でも…」
「大丈夫。だから君も行った方がいい…まだ間に合うと思うよ」
 それって…。
 心の奥出完全に閉じようとしていた扉を寸前で止められた感じが下。戸惑う私に警部は微笑んで言う。
「君もちゃんと自分のタイムカプセルを掘り出した方がいい」

 野島の連行を警部に任せ、私は一人車を走らせる。時刻はもう午後9時を回っている。
 新宿の中心街を抜け、四ツ谷を抜け、そして仕事以外ではけして近寄らなかったあの街に入った。閑静な住宅街、川に架かる鉄橋、ポプラ並木…そんなあの頃の通学路を通り過ぎ、やがて目の前に母校の校舎が見えてくる。
 路肩に停車し私はもう一度考えた。
 今更行ったって…何になるだろう。10年前の約束なんてどうせ果たされるわけがない。そんな約束なかったみたいに、全部忘れたふりをして今日をやり過ごすつもりだったのに…私はここに来てしまった。馬鹿みたいだ、本当に馬鹿みたいだ。
 警部に言われたから?いやきっとそれは最後の一押しに過ぎない。忘れよう忘れようとしながら10年間ずっと心に引っ掛かっていた。早く今日が終わるのを望みながら、それ以上に本当は今日が終わってしまうのが怖かった。私と彼女の友情が本当にもうなくなったんだと証明されるのが怖かったんだ。
 野島が28年後の約束を指折り待っていたように、私も今日に最後の希望を託していた。だから野島がタイムカプセルを開いた時、私は彼に自分を重ねていた。友情を失った彼がそれを取り戻す姿を願っていた。そしてタイムカプセルの中には…。

***

 野島をタクシーに乗せた後、警部とこんな会話を交わした。
「タイムカプセルが保管してくれているのは気持ちなのかもしれないね」
「どういう意味です?」
「学校が公園に変わったように、時の流れとともに景色は移ろいでいく。これはどうしようもないことだ。でも…地面の下のタイムカプセルは残ってる。
 私たちの心もそうかもしれない。時とともに記憶は薄らいでも、心の底には気持ちがずっと残っている。タイムカプセルみたいにね。だから君も、ちゃんとそれを掘り出しに行っておいで」

***

 すずらん医大病院を訪ねた時、寄り添って物忘れ外来に通う老夫婦を見た。二人でどんな会話を交わしたか、二人の間にどんな出来事が起こったか…もしかしたら記憶はもうないのかもしれない。それでもお互いを大切に思う気持ちは変わらず心に残っている。だから一勝を共にできるのだ。
 そう、気持ちは消えない。例えどれだけ時が流れても、どれだけ記憶が薄らいでも。

 私は意を決して車を出た。辺りに人影はない。後者を囲む高い壁に沿って歩き、校門を目指す。
 あと20メートル、あと10メートル…。そして校門脇に誰かが立っているのが見えた。胸が早鐘を打つ。
 あと5メートル、あと3メートル…。背が高くて長い髪、あれは…。
「美佳子!」
 思わず叫んだ私に彼女は無言の視線を返す。そしてこちらに歩み寄りながら不機嫌そうに言った。
「遅い!もうすぐ3月3日終わっちゃうじゃん!」
 言葉が出ない私の前まで来て彼女はクスッと笑う。そして照れ臭そうに言った。
「でもよかった、来てくれて。よし、タイムカプセル掘ろう!」

 二人で並んで校内を歩く。
「それで?仕事の方は大丈夫なの?」
「え?う、うん。さっき片付いたとこ」
「そりゃよかった。あんまりあんたが来ないからさ、ついでに先生たちに挨拶回りまでしちゃったよ。校庭に入る許可ももらって、照明も点けてもらったから安心して」
「そ、そうなの…」
「スコップも借りておいたからね。もうあの木の所に運んであるから」
 中庭を抜け、やがて校庭の片隅のプラタナスの木が見えてくる。照明のおかげで辺りはこの時刻でもお互いの表情がわかるほど明るい。
「ほらあったよ、あたしたちの木」
「う、うん…」
 どうしてもぎこちない返事になってしまう私に彼女は「ほいスコップ」と手渡す。スコップ…やっぱりこれはスコップだよね。
「よし、じゃあ掘りますか!」
 そう言って地面にスコップを差し込む美佳子。私もそれに従った。しばらく無言での作業が続く。
 …夢を見ているようだった。スキー旅行のあの夜以来、全く関係を絶っていた彼女。警視庁で再会しても、目すら合わせなかった彼女。仕事上の機会的な応対すらままならなかった彼女。そんな美佳子と私は今一緒にタイムカプセルを掘っている。
「あのさ…」
 腕の動きを止めて美佳子が言った。
「ごめんね、ずっと、その…大人けなくて」
「いや、こっちこそあの…」
 私も掘るのをやめて返した。美佳子は続ける。
「頭ではわかってたんだ。あのスキー旅行であんたが田所に協力したのは悪気があったわけじゃないって。あたしも喜多村のことあんたに言ってなかったから、あたしがあの夜に告白するなんてあんたが予想できるわけないしね」
「美佳子…」
 そこで彼女は申し訳なさそうに視線を落とす。
「ダメだね、あんたに当たっちゃった。喜多村にフラレて、喜多村があんたを好きだって聞いて…悔しくて悲しくてどうしようもなかったの。そんな時にあんたに協力してもらった田所に告白されてもさ…冷静じゃなかったよ。田所にも悪いことしちゃった」
 もしかしたら似ているのかもしれない。私たちと、野島と大宮は。野島は小杉さんが大宮を好きだったと誤解した。そして大宮がずっと自分に隠し事をしていたことも許せなかった。それで頭に血が上り凶行に及んでしまった。
 美佳子も失恋の直後に私への憎しみを爆発させた。人は恋愛が絡むと冷静ではいられなくなるのだろう。
 大宮は小杉さんへの気持ちを押し殺し、彼女と野島がうまくいくように手助けした。そしてそれが結果として悲劇を招いてしまった。私もあの時…。
「ごめんね、あんたは何も悪くないのに…本当にごめん」
 美佳子が頭を下げる。
「あたしね、知らなかったんだ…あんたが田所を好きだったって」
「えっ」
 突然言われて私は心から驚いた。どうして…。
「今日の午前中ね、あんたの所の警部さんが来て教えてくれたのよ」
 警部が?一体どういうこと?
 混乱する私に優しい視線を送りながら美佳子は今朝のことを教えてくれた。警部は交通課を訪れ、野島が事故に遭った時の衣服がまだあるかを確認したという。

***

「すいませんカイカン警部、それはもう保管されていません」
 答える美佳子。
「そうですか。いや、そうだろうなとは思っていました。いやいいんです、一応確認でした。それより一つお話をしてよろしいですか?」
「何のお話でしょう?」
「ちょっとした青春白書です」
 警部は室内に他に誰もいないことを確認して語りを始めた。
「昔々、ある所に二人の少女がいました。一人は男子の注目を集める美少女…ただしそれ故に女子からはつまはじきにされる孤独の美少女です。もう一人は男子とも対等に渡り合い、女子からも好かれる柔道部の少女。一見共通項のないこの二人はある日友達になり、中学時代を一緒に過ごしました」
 突然そんなことを言われて美佳子は戸惑う。「ちょっと、警部さん…」と口を挟もうとするが警部はお構いなし。
「しかし中学最後のスキー旅行の夜、こんなことが起こります。ここで新たな登場人物として少年が二人。一人は爽やかで女子にも人気のあるテニス部のエース。もう一人はクラスでも目立たずいつも静かに本を読んでいた図書委員の少年です。
 柔道部の少女はテニス部のエースに密かな恋心を抱いていました。だからその夜にずっと秘めていた思いを伝えた…しかし残念ながら答えはノー。しかも彼もまた孤独の美少女のことが好きだったと聞かされてしまいます。
 しかしそんなことは知らない孤独の美少女は図書委員の少年から頼み事をされます。彼は柔道部の少女が好きで、思いを伝えたいから彼女を呼び出してほしいと頼んだんです。そして彼女はそれを承諾し実行しました」
 そこで一度言葉を止め、残念そうに警部は続けた。
「その結果…親友をひどく傷つけることになってしまいました」
「警部さん、一体何の話をされてるんですか?申し訳ないですが勤務中ですので…」
 苛立った口調で美佳子が言う。警部は右手の人差し指を立てた。
「確かに柔道部の少女からすれば、孤独の美少女がしたことは嫌味で無礼だったかもしれません。でも彼女が柔道部の少女の恋心を知らなかったように、柔道部の少女もまた彼女の恋心を知らなかったんです。
 孤独の美少女は…図書委員の少年のことが好きだったんですよ」
「えっ」
 驚きの声を漏らす美佳子。
「フフフ、不思議なものですね。ほとんどの男子が自分に好意を向ける中、図書委員の少年だけは全く興味がなさそうだった。だからでしょうか、彼女はそんな彼のことが気になっていた…。文化祭の時も、華やかな雰囲気から外れて一人で古本を売る彼の姿を心のどこかで意識していたんです。
 つまり、スキー旅行の夜に彼女のしたことはけして軽はずみではなかった。好意を抱いていた少年が自分の親友を好きだと聞いて…、それでも二人がうまくいくために手助けしたんです。孤独の美少女は、自分の恋よりも友情を優先したんです」
「そんな…」
 警部が口元に笑みを浮かべる。
「みんな同じですよ、氏家巡査。柔道部の少女も、図書委員の少年も、テニス部のエースも、そして孤独の美少女も…誰も一番好きな人とは結ばれなかった。みんな…同じなんです。誰一人悪くありません」
 そこで語りは終わり、人差し指も下ろされた。
「以上です。すいませんね、突然こんな話をしてしまって。まあ何かの参考になれば幸いです。では、失礼します」
 そう言って退室しようとした警部を美佳子は呼び止める。
「ちょっと待ってください。どうしてこんな話を…」
「そうですね。いつも血なまぐさい推理ばかりしてるので、たまにはこんな推理もしてみたくなったんです」
 少しだけ振り返って答える警部。
「それに今日は3月3日、女の子のお祝いですから」
 そう言って、警部は交通課を出ていったという。

***

「本当に変人だね、あんたの上司」
 説明を終えた美佳子が苦笑いで言う。
「でもまあ、おかげでなんかスッキリしたかな。ここにも来ようって思えたし。あんたの気持ちもわかったし…。本当に、ごめんね。自分のことしか見えてなくて」
 また美佳子は頭を下げる。私はスコップを放り出して彼女の両肩に手を置いた。
「やめて美佳子、私の方こそ…美佳子の気持ちも考えずに勝手なことしてごめん。あとそれだけじゃなくて、今日までのこと、その、色々と…とにかくごめんなさい」
 私も頭を下げる。
 …やっと言えた、ごめんって。たったこれだけが言えなくて10年も経ってしまったんだ。
 すると今度は彼女が私の肩に手を置きポンポンと叩く。顔を上げるとそこには懐かしい笑顔があった。
「よし、じゃあお互い様ってことにしよう」
 これだ。私の好きだった彼女のサバサバした感じ。彼女の微笑みにはあの頃の面影が確かに宿っている。私も頬の筋肉の緊張を解く。
「うん、ありがとう美佳子」
 私がこんな微笑み方をしたのは…本当に10年ぶりかもしれない。

 その後私たちは作業を再開し、今度は雑談しながらスコップを動かす。警視庁内の噂、お互いの上司の愚痴、仕事のストレスなどなど…。話題は10年分だ、とても今夜だけで尽きそうにない。
「だいたい何なのよあんたのミットの慣例。カイカンとかムーンとか、話しかける方が恥ずかしいって。いくら名前に『月』の文字が入ってるからってムーンはないでしょ」
「私に言われても困るよ。好きで名乗ってるわけじゃないんだから」
 そんなことを言い合って笑う。なんかとっても楽しい。
「それで最近はどうなの?やっぱりモテモテか?」
「もう、やめてよ」
 きっと彼女も知っているのだろう。美佳子は小さく「大変だね」と返した。中学の頃ほどではないが、社会人になってからも私の悩みは続いている。男からのアプローチ、それによる女からの『隔たり』…それは警視庁でも同じだった。
「もしなんかあったら言いなよ。警察官にも結構チャラい男が多いからさ、あたしがいつでも一本背負いしてやるから」
「ありがとう」
「まったく男ってのはねえ、ハハハ」
「そうだね、フフフ」
 二人で声を出して笑う。またこんな日が来るなんて…神様に感謝かな。
 それにしても、警部はどうして私の田所への気持ちがわかったのだろう。中学時代の話をした時、もちろんそんなことは言わなかった。私自身明確な恋愛感情を自覚していたわけでもない。でも確かに…田所に話があると言われて踊り場に行った時、私はドキドキしていた。それはこれまでのドキドキ…「告白しないで」と願うあの緊張とは違っていたと思う。
 もしかしたら警部は私の言葉の端々からそれを感じ取ったのかもしれない。本人すら気付いていない気持ちまで見透かされるなんてたまったもんじゃない。まったくあの人は…無粋というか傲慢というか。しかもそれを勝手に美佳子に伝えに行くなんて余計なお世話もはなはだしい。
 でもまあ今回は…一応警部にも感謝しときますか。今度またあのカレーでも買ってきてあげようかな。『孤独の美少女』というネーミングだけはさすがに許し難いけど。

 やがてタイムカプセルが見つかり、美佳子と私はそれを開いた。中学時代に読んで居た漫画の切り抜きや一緒に作った文化祭のパンフレット、一緒に観た映画のチケットの半券などが出てくる。
「あ、これ柔道の帯だよ。ほら美佳子が大会で優勝した時の」
「本当だね。あの時あんたの応援が聞こえて本当に心強かった。あ、こっちはお揃いで買った髪留めじゃん」
 二人にまつわる懐かしい品々。そして一番底にはお互いに宛てての手紙が入っていた。そこには10年前の気持ちが保管されている。内容は二人とも『10年後も仲良くしていてください』。それがまた嬉しいやら恥ずかしいやらで二人で爆笑した。
 ふと見上げた空には星も見えない濁った東京の夜。それでもこの大都会の片隅、母校の校庭の片隅には、確かな幸福が灯っていた。

■エピローグ ~ムーン~

 掘った穴をちゃんと埋め、二人でそれを踏み固める。そしてプラタナスの木の周りを年甲斐もなくクルクル回ったりもしてみた。
 やがて美佳子がポケットから封筒を取り出す。
「これ…随分遅くなっちゃったけど、約束の写真」
「ありがとう。見てもいい?」
「いいけどさ、歳とったなあって思うだけだよ」
 写真を取り出す。そこには制服姿の二人の少女。水色の春空の下、プラタナスの木の前に並んで立つ美佳子と私。ちょうど10年前…タイムカプセルを埋めた3月3日の写真。美佳子はいつものポニーテール、そして私は美佳子のおかげでまた伸ばそうと思えたセミロングだった。
 ここで涙が滲むような可愛げがあればいいんだけど…残念ながらやっぱり私は私。美佳子にお礼を言って大切にそれをポケットにしまう。
「よおし、じゃあ次はね…」
 悪戯っぽく笑って今度はカメラを取り出す美佳子。私を木の前に立たせファインダーを覗き込む。
「ほら、もっとポーズとって、美人の女刑事さん」
「もお美佳子ったら、そんなポーズなんかできないって」
 10年前にもこんなやりとりをした気がする。そう、あの時もこうやってたら用務員のおじさんが歩いて来て、シャッターを頼んだんだっけ。それでさっきの写真が撮影できた。
 もう午後11時を過ぎている。さすがにこの時刻じゃ用務員のおじさんは…と校舎の方を見ると、なんと人影がこちらに向かってくる。しかし用務員さんではない。そのボロボロのコートとハットに身を包んだ姿は、昼夜問わず、屋内外を問わず、この世界であの人しかいない。
「警部!」
 私が呼びかけると美佳子もそちらを向く。
「あら警部さんこんばんは。今朝はどうも。どうなさったんですか、こんな所で」
「いやあ氏家巡査、たまたま通りかかりましてね」
「そんなわけないでしょう」
 思わず私はツッコミを入れた。警部は「やあムーン」と言いながら照れ笑いを浮かべる。
「実は野島さんから君に返してほしいと言われて預かってきたんだ。はい、これ」
 彼に渡したハンカチだ。受け取りながら私は言う。
「あ、どうも。野島さんはいかがですか?」
「正直に全部話してくれてるよ。聴取の続きはビンさんにやってもらってる。あ、夕べの君の分のカレーをビンさんの夜食にあげちゃったよ」
 ハンカチなんて明日でも、と言いかけて私は言葉を飲み込む。きっとこの人は確認に来たのだ…自分の推理の顛末を。
 それとも、もっと単純に部下である私を心配してくれたのかな?
 警部は私と美佳子の顔を交互に見て満足そうに言った。
「そこに二人文のシャベルも置いてあるし…どうやら無事にタイムカプセルは掘り出せたようだね」
「ええ、おかげ様で」
 感謝を込めて私は返した。続いて美佳子が言う。
「どうでもいいですけど、これはシャベルじゃなくてスコップでしょう、警部さん?」
 奇しくもまたこの話題。そうだ、ちょっと仕返ししてやれ。説明しようとする警部より先に私が言った。
「そうですよ警部。これはスコップ。シャベルってのはもっと小さい物ですよ。ねえ美佳子」
 そうそう、と頷く彼女。
「おいおいムーン、教えたじゃないか。スコップとシャベルは…」
「2対1、警部の負けです。もと孤独の美少女の言うことに文句ありますか?」
 得意げに言う私。あたふたする警部。それを見ながら大笑いの美佳子。
「アッハッハ、あんた強くなったね」
 一頻り笑ってから彼女が警部に歩み寄る。
「すいません警部さん、負けついでに一つお願いしてよろしいですか?」

 プラタナスの木の前に美佳子と並んで立つ。一瞬目を合わせて思わず笑った。
 あれから10年。それぞれの時を重ねて、心も体もあの頃とは違う。もうセーラー服じゃないし、もう二人とも社会人…しかも揃いも揃って警察官。あの日は明るい日差しの中で撮影した。今日はもうすぐ日付も変わる夜の撮影。移ろいだ景色もたくさんある。薄らいだ記憶もたくさんある。
 それでも…変わらない気持ちもある。普段は忘れていても、心の底にはちゃんとタイムカプセルが埋まっている。

 警部が木から2メートルほど離れてカメラを構えた。
「よし、ではいきますよ」
 私と美佳子は背筋を伸ばす。そして警部は…もちろんこれは推理でも論理でもなくただの偶然だろうけど…あの日の用務員さんと同じセリフを言った。
「お二人はお友達ですか?」
「はい」
 二つの声が重なった。警部は嬉しそうに続ける。
「そうですか。ではいきます、はいチーズ」

 …パシャ。

THE END.

■あとがき
 毎年夏の恒例にしていた小説を今年はもうやっちゃいました。理由としては、この季節ならではの物語だったことと、新年度は昨年以上に忙しくなると予想されたからです。1月の里帰りで着想してから短期間での執筆でしたが、とても楽しく書くことができました。
 特にムーン刑事の中学生日記のパートは、自分でも色々懐かしい記憶や気持ちに触れられたように思います。読んでくださった方が心の中のタイムカプセルに気付くきっかけになれたら嬉しいです。

 そんなこんなでいよいよ美唄すずらんクリニックも4月から新展開です。新たなスタッフも加わり、新たなサービスも展開予定。また一年元気に働けたらいいなと思っております。

平成29年3月19日 福場将太

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