コラム

2012年02月『本日、水難につき』

 2月4日早朝、一応眼は覚めていたもののまだ半分寝ていた頭に携帯電話の音が飛び込んできた。通話ボタンを押して耳に当てると電話の向こうの声は課長だった。いつもにも増して冷静な口調、伝えられたのは「大雪でクリニックが水浸しになった」とのことであった。電気も繋がらず復旧のめども立たないのだという。とにかく状況を聞きながらベッドを出る。クリニックが入っているビルの屋上に雪が積もり、どこかから溶け出した水がビルの中に入り込み屋内に雨が降っているのだという。そして課長は最後に「ひとまず本日のデイケアは行なうことが不可能なので中止するしかない」と残念そうに言った。
 私は電話を切るとまず冷静になることを考える。もし回復に何ヶ月もかかるような状況だったらどうしよう。それにデイケアは本日中止としても外来に受診する患者さんたちはどうしよう。診察できる場所はあるのか。お薬の処方箋を出せるのか。・・・悪い方向に考えたらいくらでも想像ができてしまうのでひとまず行動を開始する。こんなときこそメンタルコントロールが大切だ。私は急いでシャワーを浴び、ダッシュで今日出さないと来月までチャンスがなくなるゴミを出しに行く。非常事態に何をやってんだと思われるだろうが、1人暮らしのため当直で家にいないことも多いこの仕事ではチャンスを逃すと家にどんどんゴミがたまってしまう。それに、頭を冷やすにはこういった単純作業が案外よかったりする。家から徒歩1分のゴミステーションに往復しながら私は携帯電話でタクシーを呼ぶ。ちょうど家に戻ったところでタクシー到着、それに飛び込みクリニックに急ぐ。

 クリニックに到着、職員通用口から中に入るとスタッフルームがベチャベチャ、天井の何箇所かから水が滴り、土足のままでないと入れない状況だった。まだ診療開始時刻より早いのにすでにたくさんのスタッフが出勤しており急がしそうに動き回っている。普段は本院にいる事務長の姿もあった。ひとまず状況を確認すると想像していたよりは大丈夫だったもののやはり大変な自体には変わりなかった。事務長や課長、公務補さんらのすばやい動きのおかげもあってすでに電気は復旧、幸いカルテやパソコンがひしめいている事務所には雨漏りがなく、診察室も無事だった。受付のパソコンも復旧しひとまず外来部門は回復した。ただ待合室の一部はぬれてしまっているので患者さん用の待合いイスをいつもとは違う場所に用意する。そして9時になり外来部門は診療開始した。

 幸い土曜日であったため外来は午前中で終了。全ての患者さんが帰った後再びスタッフルームに行くと雨漏りもすこし弱まり床の水もなくなっていた。デイケアルームも見に行くと、すこし床はぬれてしまったものの和室やカラオケルームは無事であった。一番の被害がスタッフルームであったのが不幸中の幸いか。栄養士さんによると食堂も無事との事・・・まあ患者さんが使うスペースは無事でよかった。
 外来部門以外のスタッフはデイケアが行なえなくなってしまったため心配な患者さんに関しては訪問看護に切り替えて様子を見に行ってくれていた。本日デイケアを申し込まれていた患者さんたちも、それぞれの家で元気そうであったとのことでまあ一安心。課長から訪問看護の報告を受けながら私は今頃になって気がつく。確か課長は今日お休みの予定だったはず・・・本当にお疲れさまです、そしてありがとうございます。そんなことを心の中でつぶやいてみる。

 デイケアが中止になったので午後からスタッフはどうしたものかと思ったが、それも心配無用であった。デイケアスタッフたちは「普段なかなかゆっくり話し合う機会がないので、せっかくのこの機会にこれからのデイケアについて話し合いします」と笑った。・・・素晴らしい。本日は厨房も動かせないのでお昼はみんなで出前をとることにした。届いた出前を食堂に運び、みんなで食べる。普段はこんな風にみんなでワイワイ食べることはできないからこれもまた新鮮。その頃には事務長から「無事復旧のめども経ち来週からデイケアもいつも通り再開可能」の報告が入る。まだまだ後片付けは大変だけど、大水騒動もこれにてようやく収束のもよう。朝はあんなに後ろ向きな想像が浮かんでいたのに気がつけば又「今後のデイケアをどうするか」という前向きな話題で笑い合っていた。
 もしかしたらこれも「災い転じて福となす」のひとつの形なのかもしれない。この水難のおかげでゆっくり話し合う時間ができて、いつもは一緒にご飯を食べられないスタッフと昼食を囲めた。そしてあらためて思う。きっと人生においても「一見マイナスな状況から意地でもプラスを見つけ出す」という姿勢がとても大切だと。電車で寝過ごした駅でしか買えないお土産を買う、受験に失敗したら浪人生でしかできない経験をする、失恋したらそのときにしか作れない曲を作る、眼が悪くなったらめがねでオシャレしてみる、病気になったらその病気のことを勉強してみる、飲み会が誘われなかったら部屋を大掃除する、すべって転んだついでに空をながめる・・・そんなふうに「悪いことだけじゃなくていいこともあった」と思える心で生きていきたい。

 まあ難しい話はともかく、みなさん本日は本当にお疲れ様でした!

(文・写真・福場将太)

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