コラム

2017年6月「理想の分業」

 仕事のやり方、チームのあり方には色々ある。リーダーが前面に立ってスタープレイヤーとしてメンバーを引っ張っていく方法もあれば、リーダーはあくまで司令塔として後ろに控えてメンバーに的確な采配を行なう方法もある。あるいは明確なリーダーシップは発揮せず各人の判断に任せるという方法もあるかもしれない。当然どれが最良とは決められない。リーダーやメンバーの個性によっても、仕事の内容によってもそれは変わってくるだろう。医療もチームでやるのが基本なので、どのように仕事をするのがよいのかいつも模索する。

 音楽が好きな手前どうしても例えがそちらになってしまうのだが、バンドのあり方を見てもそれは本当に様々だ。天才的能力を持ったボーカルがリーダーとして作詞・作曲まで行ないバンドを引っ張っているものもあれば、ボーカルはあくまで歌の担当だけを務め作詞・作曲やリーダーは他のメンバーが勤めているものもある。曲によって作詞・作曲の担当が変わるバンドもあれば、メンバーではなくプロデューサーが作詞・作曲をしているバンドもある。それぞれ一長一短だが、ここでひとつ理想の分業を実現していた音楽ユニットを紹介しよう。

 GARNET CROW(ガーネット・クロウ)…ご存知かな?少し想い出を語ると、まずはそのボーカルに惹かれてファーストアルバムを買ったのが出合だった。僕が男だからかもしれないが、なかなか女性の歌声を聴いて「これは独特だ!」と感じることが少ない。しかしGARNET CROWのボーカルには久しぶりに衝撃を受けた。声質、発声そして音域どれも特徴的で、それは強さと儚さ、大人と幼さ、かっこよさと可愛さを併せ持っている。まあここで中村由利さんへの想いを熱弁するのもなんなのでこれくらいにするが、実際に彼らを知っていくうちにGARNET CROWには理想の分業が成立していることに気付かされた。

 彼らはもちろん自分たちで楽曲を製作し自分たちで演奏している。つまりクリエイターとしてもプレイヤーとしても分業しているわけだ。まずは中村由利さん、ライブではボーカルとしてフロントマンを務める彼女は楽曲製作では作曲を担当している。同様にピアニストのAZUKI七さんが作詞を担当、キーボーディストでバンマスの古井弘人氏が編曲を担当、そしてギタリストの岡本仁氏はライブでもレコーディングでもギター演奏に専念している。この役割分担は全楽曲に一貫されており、彼らはライブでも楽器の担当だけでなく必ず「ボーカルと作曲の中村です」のように曲作りの担当も含めてメンバー紹介する。言葉を伝えるボーカルが作曲担当で音を伝えるピアニストが作詞担当という分担も個性的だが、彼らのすごさはそこだけではない。

 特筆すべきは四人とも実は自分だけで作詞・作曲までできる人たちであるということ。GARNET CROWではギタリストに徹している岡本氏も、それ以外の活動ではボーカルも作詞も作曲も編曲もこなす。そのように全員多才な技術を持ちながらここではけして領分を越えず、それぞれ自分の担当の中で最高の仕事をする…そうやって生み出すのがGARNET CROWの音楽だと決められているのだ。彼らが『クリエイター集団』と称される由縁である。四年前の6月に惜しまれつつ解散したが、ラストライブの言葉が「私たちは解散しますけれども楽曲は生きています。これからも私たちの作り上げてきた作品をどうぞ大切に聴いてください」だったのもまさに彼ららしいと言えるだろう。

 GARNETトークもまだまだしたいがそれは別の機会にするとして、つまり何が言いたいかというと、『彼らの分業は徹底していたが、自分の担当ではないお互いの業務も熟知していた』ということだ。
 お互いの仕事を知っている…これは医療の世界でもとても大切なこと。看護師だから看護のことしかわからない、精神保健福祉士だから福祉のことしかわからない、作業療法士だから作業療法のことしかわからない、事務だから事務のことしかわからない…これではチーム医療はうまくいかない。特に精神科医療はスプリッティングと呼ばれるチーム分裂を起こしやすいことで有名だが、その大きな原因がお互いの仕事を知らないことである。

 もちろん各職種ならではの視点や専門性は守っていい。だが相手の業務や信念を少し学ぶことでうまくいく連携はたくさんある。ポイントは『勉強はするけど口は出さない』ということ。お互いの仕事を知った上で、お互い相手を尊重して自分の領分で全力を果たす…そんなチームであれたら素晴らしいと思う。

 そういえば学生時代の音楽部、マルチプレイヤーの先輩は複数のバンドを掛け持ちしてそれぞれのバンドで違う楽器を演奏していた。どんな楽器でも弾けちゃうすごい人だったけど、それでも自分はあくまでベーシストなんだとおっしゃっていた。きっと色々な楽器を経験することが本業のベース演奏にも深まりを与えていたのだろう。
 医療チームにおいては僕の担当パートはドクターだ。だから職種は何ですかと尋ねられればもちろんドクターと答える。でもだからといってドクターだけの知識ではよい医療は行なえない。かといって今から看護や福祉の学校に入って勉強するのは無理がある。
 だから僕は他の職種の人から仕事の話を聞くのが好きだ。話を聞くと口を出したくなってしまうのは悪い癖なのでそれはほどほどにしなくてはいけないが、相手の仕事を知ることは本当に大切だと感じる。
 そしてもっと大きな視点で言えば、医学だけの人間にもなりたくないと思う。医学以外のことにも興味を持ち本気で追求すること…それはただの道楽ではなく、精神科医の仕事にも深まりを与えてくれると思うから。

(文:福場将太 写真:カヤコレ)

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