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コラム2016年9月「プ□(←四角)フェッショナル~夏祭りの流儀~」

「夏祭りですかー。石釜組んでピザとか焼いたら楽しそうじゃないですか?」

夏祭りの流儀
今年の夏祭りは、この男のこの一言から始まった。

夏祭りの流儀夏祭りの流儀

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夏祭りの流儀
桜I恒(さくらI ひさし)、江別すずらん病院事務部医事課長。

当院の受付やカルテの管理、医療費に関わる集計や請求等、繊細な業務を要求される多忙な部署を取り仕切る男である。
性格は温厚。本人は自身のことを大雑把と語るが、その仕事ぶりはいたって真面目で几帳面だ。こうと決めればちょっとのことでは信念を曲げない芯の強さを持っている一方で、時折冗談を言って周囲を和ませる柔らかさも併せ持っている。慌ただしい医事課をまとめるために、さりげなく人と人とのバランスを取っていることに気付いている人間はあまり多くないかもしれない。

そんな桜Iには、ある信念がある。
それは、江別すずらん病院の夏祭りを、将来的にはもっと江別という地域のために利用していきたい、というものだ。
近年、従来の4大疾病に精神疾患が加えられ、5大疾病となったことで、世間の精神疾病に関する注目度は高くなってきている。精神科を有する病院としても、その時代に沿うように、より地域住民にとって足を運びやすい場となるように様々な工夫を凝らしており、徐々に精神科への通院に対する敷居は低くなってきている。
ただ、そうは言っても、依然「精神科の病院」という言葉にはある種の重さがあり、精神科の病院に一歩足を踏み入れるにはそれなりの勇気が必要だと感じる人も少なくないだろう。
そういった世間の現状をさらに打開するためには、より地域の住民が精神科の病院に足を踏み入れる機会を増やし、院内を見ていただく。お祭りという場を利用して、地域の住民が精神科の病院に気兼ねなく入ることができることを地域住民に知っていただく。これが、現在桜Iが考える、江別すずらん病院としての地域貢献の方法の一つだ。

夏祭り前日。

夏祭りの流儀
夕方頃、会場の設営が始まる。
残念ながら石釜ピザの案は今回見送られたが、ここに至るまでに何度もスタッフ間で話し合いや会議を繰り返し、定めた方針を元に、主に作業療法士(以下OT)が中心となって会場を作り上げていく。ただ、当院1階カフェテリアを利用した方法は今年でまだ3回目。決まったレイアウトはなく、催し物も年によって同じではないため、会場を作りながら、その場でより良い形を模索する。

夏祭りの流儀
経営戦略部長、Tも応援に駆けつけた。
立場上、普段は職員に対し厳しい言葉をかけることもあるが、そんな中Tは相手の心の揺らぎや不安、焦燥感を適宜読み取り、常に話す相手の心の奥を見据えている。本人はあまり表出しようとしないが、実は人情味の溢れる熱い男だ。
今回の夏祭りも、本番の時間帯は別件で参加できないにもかかわらず、せめて準備だけはと駆けつけたのだ。

夏祭りの流儀
15時00分、かき氷とわたあめの機械が届いた。市内の施設様にお願いをして、この日のためにお借りしたものだ。
桜Iがすぐに動作確認の指示を出す。当日動かないことがあってはならないという、几帳面な桜Iらしい指示だ。

夏祭りの流儀
動いた。
わたあめの難しさを知る栄養士U田も、ほっと胸をなでおろす。

夏祭りの流儀
デイケア課澤G主任だ。本当はもう少し夏祭りに携わりたいのだが、自身の多忙さもあってなかなか参加できず、もどかしい思いをしている人の一人だ。
夏祭り当日はデイケア課からもバザー等を出す。こうやって会場の下見をすることで本番のイメージを作り上げていくのだ。

夏祭りの流儀
食事を摂りに来た当直医師に忍びない思いをしつつも、この日ばかりはと準備を進め、翌日の本番に備えた。

夏祭り当日。

夏祭りの流儀
朝から会場設営の仕上げに取り掛かる。スタッフはそれぞれ甚平や浴衣を着るなどして夏祭りの雰囲気を盛り上げていく。入院患者様にもはっぴをお配りし、希望される方には着ていただく予定だ。

夏祭りの流儀
外は見事な青空が広がり、設営スタッフの意気もおのずと上がる。
別件で本番は会場を離れる経営戦略部長Tも、院内にいられるギリギリの時間まで会場設営を手伝う。Tらが作る水ヨーヨーも、本番中は希望される方に無料で配布される。夏祭りの雰囲気を作る重要な要素だ。

夏祭りの流儀
当日はOTだけではなく、看護師や精神保健福祉士(以下PSW)、栄養士なども会場の設営にあたる。

夏祭りの流儀
夏祭りがちょうど七夕の時期(※江別は8月が七夕。地域によって異なる風習である)と重なることもあり、七夕の飾り付けをするようになったのも去年の話だ。

今年は短冊に願いを書いてくださった方には、訪問看護で定期的に関わっている患者様が作った折り紙のくす玉をプレゼントする予定になっている。

会場で着々と準備が進められる中、桜Iは別の所にいた。今回の夏祭りの最後を締めくくるイベントの準備のためだ。写真に登場しない別のスタッフと共に、そのような見えにくい仕事を進めていくことも、夏祭りの運営を支える重要な役割となる。

夏祭りの流儀
本番開始直前。
概ね準備も整い、スタート時間に合わせて来る予定となっている入院患者様の到着を待つ。

夏祭りの流儀
13時00分、本番スタート。
待ってましたとばかりに、お客様が続々と訪れる。

夏祭りの流儀夏祭りの流儀

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お客様は入院されている患者様ばかりではない。そのご家族や、当院の職員の家族等も訪れ、かき氷やわたあめなどといった出店を楽しんでいく。

夏祭りの流儀
デイケア課澤G主任も、当日売り手を引き受けてくださったデイケアメンバー様と一緒に対応に当たる。

コーヒーと一緒に売られているのは、地元江別のお菓子屋さんとコラボレーションしたシュークリーム。今回夏祭りの目玉として準備した桜Iのこだわりの一つだ。ここにも、江別という地域の特色を積極的に夏祭りに取り入れようという桜Iの意気込みが感じられる。

夏祭りの流儀夏祭りの流儀

会場にはバザーのコーナーも設けられている。
入院患者様やデイケアに通われているメンバー様が、治療プログラムで作成された作品を出品しているのだ。
基本的にはプログラムで作成した作品は作られたご本人の物となるが、繰り返し参加されるうちにご自身の分の作品も増え、プレゼントする相手も徐々にいなくなっていく。もらってくれる相手がいること、バザーで買ってでも自分の作品を手に取ってくれる人がいることが、プログラムに頑張って参加しようというモチベーションに繋がる患者様、デイケアメンバー様も少なくないのだ。

夏祭りの流儀
強い日差しが降り注ぐ中、かき氷やわたあめの機械は滞りなく動いている。順調だ。

夏祭りの流儀夏祭りの流儀

夏祭りの流儀

14時30分、院内にアナウンスが流れる。
「お知らせいたします。この後、午後3時より、6階機能回復訓練室において、札幌啓成高校吹奏楽局によります、演奏会が行われます。参加を希望される方は――――」
夏祭りの最後を締めくくるイベントのアナウンスだ。桜Iは、未だお客様の残る会場の無事を確認し、吹奏楽局の演奏会が行われる6階会場へと移動する。

夏祭りの流儀
徐々にお客様が集まり始める。

夏祭りの流儀
間もなく、会場は多くの参加希望者で埋め尽くされた。

夏祭りの流儀
15時00分、演奏会が始まる。
司会進行は入院患者様が務める。事前に準備しておいた原稿を手がかりに、会が進められていく。

札幌啓成高校吹奏楽局の迫力ある演奏が、会場内に響き渡った。

夏祭りの流儀夏祭りの流儀

夏祭りの流儀
圧倒的な演奏が終了し、会場内が一瞬静寂に包まれた。

夏祭りの流儀
どこからともなく起こった拍手が、鳴り止まなかった。
桜Iは、その様子を静かに後ろから見つめていた。

夏祭りの流儀

患者様が病棟に戻り、吹奏楽局の皆様も楽器を片付け撤収していく。慣れている様子で、てきぱきと楽器を運び出す様子を、桜Iはエレベーターの管理をしながら見つめていた。

最後に、吹奏楽局の顧問の先生がお礼の言葉をかけてくださった。
桜Iもまた、今年も当院のために足を運んでくださったこと、素晴らしい演奏を披露してくださったことに深々と頭を下げ、吹奏楽局の皆様を見送った。

大変な時間と労力を要した準備とは裏腹に、後片付けは坂道を石が転がっていくかのように進んでいく。
片付けを終え、一安心しているスタッフ一同に、桜Iがねぎらいの言葉をかけ、今年の夏祭りは終わった。

夏祭りの流儀
夏祭りを終えた翌月曜日、桜Iはいつものように自身のデスクにいた。
多忙な業務に追われながら、桜Iは今日も働き続ける。

桜Iにとって、夏祭りとは―――
「豊作祈願ですね。…あぁ、そういう話ではなくて。まぁそうですね、患者様やご家族様、あとは地域の方々に“楽しく”交流できる場を設けるためのものですかね。病院という場は、ケアをするというのが日常なわけですけど、そうではなくて、楽しんでもらう、いわば非日常ですよね。そういう場になってほしいなぁと思いますね。」

(文・写真:リハビリテーション課)

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