コラム

コラム2015年03月「★連載小説★Medical Wars エピローグ(完結)」

Medical Wars (福場将太・著)
*この小説はフィクションです。

■エピローグ

 それではあと少しだけ彼らの物語を紹介しよう。
 3月上旬のその日、東京の空には春の訪れを感じさせる清々しいまでの晴天が広がっていた。そしてすずらん医大病院にはちょっとした異変が起きているようだ。まず最初にそれに気付いたのは外来で診察を待っていたおばあちゃん。彼女はその光景を見て「あんれまあ」と驚いた。やがて異変は入院病棟へと移動し、道行く患者たちの目を丸くさせる。事情を知らないスタッフも同様だ。
 まあ無理もない、白衣姿の集団が一斉に病院内を闊歩しているのだから。いやいやそんなことは教授回診で日常茶飯事だろと思われるかもしれないが、本日の集団はそんな規模ではない。ざっと見ても男女織り交ぜ百人以上、しかも病室に立ち寄ることもなく早足でひたすら前進を続けているのだ。病棟の廊下もエスカレーターも埋め尽くし、白衣集団はただただ上階を目指し歩いていく。一体何だ?新手のストライキか?
 大移動の先頭は5年クラス委員・守田。下ろしたての白衣とネクタイを身につけ、その視線はただ前方に注がれている。そして大名行列の中ほどで一人が言った。
「なあ山さん、これ目立ち過ぎじゃないか?患者さんみんな見てるぞ」
「しょうがないべドーソン、他にルートがねえんだから」
 いつもの腕まくりで山田が同村に答える。そう、この騒ぎに参加しているのは全員医学部5年生。白衣の胸には相変わらずの肩書きのないネームプレートが揺れている。彼らは先ほど進級試験の結果発表を終えたばかり。学内掲示板に貼りだされたそれ…毎年学生たちの命運を握るその一枚の紙を見て、多くの者が驚嘆の声を上げたのであった。
「ドーソン、落ちなくてよかったな」
 ノンデリカシーで山田が言う。そんな彼は今回の試験でも問題を解き終わると見直しもせず一番に教室を出ていった。自分で納得いくまで勉強したならそれで落ちても後悔はない…その徹底した潔さは一年経っても変わらない。そしてその親友の悪あがき趣味も同様だ。同村は今年も最後まで教室に残りわからない問題と格闘し続けた。そして結果は二人とも無事進級…勇み足とすくみ足のコンビは来月からも健在だ。
「まあ今回は誰も落ちなかったからね」
 そう、同村の言うとおり今年は奇跡の全員進級。留年した学生は貼りだされた名簿の名前が横線一本で消されるので遠めにもすぐわかるのだが、今年はどこにもその恐怖のラインが引かれていなかったのだ。すずらん医大において一人も留年しない進級発表はまさに歴史的瞬間であった。
「やっぱあれだべ、この前の発表会がよかったんじゃねえか?」
「さすがにそこまでとは思わないけど…。あ、あの時はありがとな、拍手してくれて」
「まったくああいうことやるならやるで事前に言っとけっての」
「山さんなら言わなくてもきっと賛同してくれるって思ったからな」
 微笑む友人に山田は「ケッ」と悪態をつく。そうこうしている間に白衣集団はついに最後の階段に差し掛かった。そう、彼らの目的地はこの29階建ての高層ビルの屋上である。

「はいみなさん、もう少し中央に寄ってください」
 用意された足場に立つ医学生たちをカメラマンが誘導する。青空の下に並ぶ百人を超える白衣姿はまさに壮観。
「みなさん無駄話はしないで、写真屋さんの指示に従ってくださーい!」
 その脇から学務課・喜多村が声を張り上げる。しかし全員で進級したという喜びがまだ覚めやらぬ医学生たちはペチャクチャと笑い合っている。彼はまた胸の中で舌打ちをした。本当に…ご苦労様です。
「はいでは撮りますよ、よろしいですか?」
 ようやく整列した彼らにカメラマンが言う。「はーい!」と明るい声がいくつも返された。必ずしも班ごとに固まっているわけではなかったが、同村・井沢・長・向島・まりか・美唄…14班のメディカル諸君はちゃんと一緒に並んでいる。
「みんな、笑うんだよ!」
 美唄が言う。「了解!」と隣でまりかが返した。
「ほら遠藤さん、あんまり動くと段から落ちちゃうよ」
 大はしゃぎの彼女を同村が心配する。そしてカメラマンが言った。
「ではいきます、はいチーズ!」
 …パシャッ!
 こうして卒業アルバム用の集合写真は撮影された。
 被写体は青空をバックに揃い踏む医者の卵たち。今年度はついに病院での実習を経験し、実際の患者や病に触れた彼ら。一年後の春にはそれぞれどんな未来の前に立っているのだろう。この貴重な一枚にはそんな予感が写っている。

「みんなー、14班で撮ろうよ!」
 卒業アルバム委員に導かれ六人は屋上の隅に立つ。周りでは同じように学生たちが盛り上がっている。本当は集合写真の撮影を終えたらすぐここを出なければならないのだが…とてもそんな様子はない。喜多村もあきらめたようにその場を去った。
「あ、新宿御苑が見える!綺麗だからここを背景にしようよ!」
「なんか美唄ちゃん、あの勢いで屋上から飛んじゃいそうだな」
 と、井沢。「怖いこと言うなよ」と同村が返す。
「よーし、じゃあここで並ぼう。向島さんもほら」
 長がまとめた。副班長の最後のお勤めである。ミュージシャンも珍しく照れくさそうにして輪に入った。
「ほら、まりかちゃんは班長なんだから真ん中、真ん中!」
 カメラを構えて言う美唄。このデジカメも一年間大活躍でしたね。
「誰かにシャッター頼んで美唄ちゃんも入りなよ」
 まりかがそう言った時、「俺が押そうか」と守田が現れた。美唄はカメラを託し同村の隣に入る。
「同村くん、最後なんだからしっかり笑ってね」
「お、OK」
 無気力男も笑顔を作る。まりかが「じゃあみなさん、14班最後の活動です。笑って!」と大きく言った。一斉に「了解!」が返される。もちろん美唄の胸ポケットにはラブちゃんもいます。
「じゃあみんな、撮るよ」
 そう言ったクラス委員に、美唄が「ありがとね、守田くん」とそっと告げた。
「はーい、ではいきまーす。1たす1は?」
「2!」
 六つの笑顔と六つのVサイン。
 …パシャッ!
 撮影後、別れの言葉も感謝の言葉も交わさず…いつものように14班は解散した。まるで明日また学生ロビーで集合するみたいに。

 こうして偶然から始まった奇跡はまた偶然へと還ったのである。

 その後、六人はそれぞれの休日を過ごした。束の間だが、これが人生最後の春休み。来月からは医学部最終学年としての日々が始まる。卒業試験と国家試験、それに向けた授業と自習、そして就職先の病院も探す忙しい一年だ。

 ある日の羽田空港、そこではちょっとした偶然がまた起こっていた。
「あれ、長さん?」
 そう声をかけたのは大きな旅行バッグを転がす井沢だ。
「ありゃ、どうしたんだよ」
 人が行き交う賑やかなロビー、振り返った長が笑う。
「俺、今日から3月いっぱいアメリカなんですよ。語学留学…ってほど大げさじゃないですけど、ホームステイするんです」
「そうだったのか、すごいな」
「いえ、それでもしためになりそうだったら夏にも行こうかなって。まあ親父や彼女を説得するのは大変でしたけど、今しかできないことだから」
 井沢は少し照れたように「まあ遅過ぎたかもしれませんけど」と付け加えた。これが彼の見つけた挑戦、きっとこのまま学生時代を終わらせたくなかったのだろう。大丈夫、遅くなんかないよ井沢くん!それに君ならホームステイしたって卒業も就職もきっとこなせるさ。
「そっか、頑張ってこいよ」
 人生の先輩もそうエールを贈る。
「長さんこそどうして空港に?」
「ああ、ちょっと両親連れて旅行にな。まあ旅行っていっても二泊三日だけど」
 彼はこの春休みに久しぶりにバイトをした。そのお金で両親を温泉に…とまあ医者になる前に親孝行の予告編というわけだ。
「そうっすか、いいですね」
 これまで親の期待に応え続けた優等生と、親に心配をかけ続けた浪人生のボス。二人はその後少しだけ言葉を交わしてからそれぞれの旅路に戻った。
「じゃあな井沢、気をつけて行けよ!」
「長さんも!そのうち勉強に疲れたらまた飲みにでも行きましょう。よかったら九十九里の葱山先生でも誘って」
「あちゃ、それだけは勘弁してくれ」
 手を振りながらお互い空港の人ごみに紛れていく。

 井沢くん、そして長さん、本当にお疲れ様でした。これにてクランクアップです。
 Good luck!

 同じ頃、向島は墓石の前に立っていた。関係者が寄贈したのだろう、その隣には『永遠のピアニストここに眠る』と記念碑がもうけられている。小高い丘には麗らかな春の風が吹き抜けていた。
「遅くなってごめんなさい。さすがにピアノは持ってこれなかったんで…」
 向島は背負っていたアコーディオンを開く。もちろん返事はないが、それでも彼は語りかける。
「もう春ですね。中途半端な僕も6年生になるんです」
 セッティングを終えると、彼は墓石の正面に立った。
「このまま生きてみようと思います。医学の道と音楽の道、どこに辿り付けるかわかりませんが、まあこいつがあれば大丈夫です」
 楽器をポンと叩くと、彼は「じゃあ、一緒に作ったあの曲を」と演奏を始めた。
 彼女が自分に宿してくれた音楽を愛する情熱…それを乗せて旋律は午後の風景に流れていく。鳥たちのさえずりを邪魔しないほどささやかに、それでいてどこまでも届くほど伸びやかに。羊雲の向こうにいる彼女の想い出を優しく包み込みながら。

 愛すべき問題児・MJKこと向島。これにてクランクアップ!

 その頃まりかはすずらん医大の学務課にいた。
「色々とご迷惑をおかけしました」
 そう言いながら六人分のネームプレートを返却する。春休み中で学生のストレスがないためか、喜多村はいつもより穏やかだった。
「それよりも、本当にいいのかい?」
 そう心配そうに訊く彼にまりかは「はい」と頷く。
「けじめは必要ですから。私は進級させて頂いただけで心から感謝しています」
 一礼すると彼女は部屋を出た。喜多村が確認していたのは特待生の授与のことだ。今回の進級試験も成績トップはまりかだった。よって本来なら特待生五年連続の栄誉に輝くところなのだが、彼女は謹んでそれを辞退した。
 最後の仕事を終えた班長はその足で図書室に行き自習を始める。昨日アカシアから届いた手紙には、すずらん医大病院を退院してより積極的なリハビリが行なえる施設に移ることが記されていた。追伸にはまたいつものおどけた調子で『今度会う時は先輩からデートに誘いたくなるようなさらにイイ男になってますから。天才後輩より』のメッセージ。
「バーカ」
 そう呟いてまりかは教科書をめくる。今回のことで医学に対する彼女の興味はさらに強まった。もちろん教科書だけでは足りないことも承知の上で、もっともっと学びたい、探究したいと心から感じたのだ。それは医学部を受験したあの時よりもはるかに強く確かな情熱であった。
 来月からはきっとまた教室の最前列で授業を受けるのだろう。でも4年生までとは違う、彼女には頼もしい仲間がいるのだ。勉強机の写真立てを見れば、カレーの味とともにいつだってそれを思い出せる。

 秋月まりか班長、本当にお疲れ様でした!クランクアップです。

 日も傾いてきた午後3時、同村と美唄は新宿御苑の散歩道を歩いていた。
「惜しいなあ、桜はまだ咲いてないね」
 美唄が言う。「そうだね…」と穏やかに返す同村。
「ねえ、同村くんはどうするの?卒業したら…」
 ふいに尋ねられた。その大きな瞳は遠い空を見つめている。少し考えてから主人公は言った。
「俺は…ギリギリまで考えようかなって。どうして医者になるのか、どんな医者になるのか…時間いっぱい考え続けようと思ってる。はっきりしない性格だけど…それが俺のペースなんだろうなって思って」
「同村くんらしいね、クスクスクス」
 彼女が笑う、いつものように。二人はまだ花見客もいない静かな園内を歩いていく。
「でもそれでいいと思うよ。答えが出るまで考えて考えて…それが同村くんのすごさだもんね」
 美唄の横顔を見ながら同村は迷っていた。彼女自身は将来をどうするつもりなのか…それを尋ねるべきかを。
 今回の進級試験、同村は自分のこと以上に実は彼女を心配していた。視力が落ちればそれだけ勉強の効率も試験問題を読む速度も落ちてしまう。彼女は言わないが少しずつ症状が進行しているのは近くにいる同村にもわかっていた。
「私はね…」
 無口な男の胸中を察したように美唄が言う。
「行ける所まで行くつもり。今回も進級できたし、ここまでなんとかやってこれたからこれからもなんとかやっていけるかなって。だからね…」
 そこで足を止め、彼女は同村を見た。彼も立ち止まる。そして100パーセントの笑顔がそれを告げた。
「だからね、別れよっか…私たち」
 優しい風に木々が薫る。揺れた前髪をそっと直して彼女はまた空を仰いだ。
「私ね、この一年が勝負だって気がするの。病気のスピードを考えたら、卒業試験も国家試験も自力で突破できるのは多分今回だけだろうなって。だから全力で頑張りたいの」
 同村は黙っている。しかしそれは別れを告げられたショックなどではない。心のどこかできっと感じ取っていたのだ…彼女の決断を。
「だからね、同村くんがいると私甘えちゃうから。お医者さんになれなくても私には同村くんがいるんだって…きっと油断しちゃう。でもそれじゃ病気との追いかけっこに勝てないから。だからね、私をフッてほしいの」
「遠藤さん…一人で大丈夫なの?」
 思わずそう尋ねる。彼女は黙って頷いた。
「一人じゃないと…ダメなんだよ、今は」
「俺が一緒に戦えたらいいんだけど」
「ありがとう、やっぱり同村くんは優しいね。でも、わかってほしいの。それにこれは戦いっていうか…病気が背中を押してくれてる感じかな。早く早く、前に進めって」
 彼女は言った。病気のおかげで一秒一秒の大切さがわかる、時間がないと思える分今やりたいことをやろうと思える、病気のおかげで無駄な時間を過ごさずにすむと。それを聞いて同村は改めてそんな美唄の心に惹かれた。この愛しい心の持ち主を大切にしたいと思った。
「やっぱりすごいや、遠藤さんは」
「もうまたそれ?大げさなんだよ、同村くんは。それに私、お医者さんになるんだよ?一番病気を愛さなくちゃいけない仕事でしょ?」
 そう言って彼女は同村に向き直る。半分以上強がりかもしれない、でもそこには彼女の選んだ挑戦がある。
「…わかった」
 もう何も言う気はなかった。いざという時はSOSしてほしい…そんな言葉さえ今の彼女は求めていない。医学部最後の一年に彼女は人生を賭けているのだ。望む未来を掴むために、けして後悔しないために。

 また二人黙って歩き出す。散歩道は残りあと半分、その先には新宿御苑の出口がある。彼女が今日この場所を指定した理由が同村にはなんとなくわかった。そして情けない男は情けないことを言ってしまう。
「最後のお願いだけど…御苑を出るまでは恋人でいていいかな?」
「出ました、文芸部!」
 彼女はクスクス笑い、そっと同村の腕に寄り添う。春は二人のために少しだけ夕暮れの出番を遅らせてくれている。
「もし一年後、ちゃんとお医者さんになれたら今度は私から告白するよ」
 冗談めかして言う美唄。
「あ、でもまあその時同村くんにもう可愛い彼女がいたらあきらめるけどね」
 赤くなって「そんな…」と動揺する男に彼女は「贅沢はいけません」と返した。そしてまたクスクス笑う。同村も笑った。やがて少しずつ出口が近付いてくる。
「じゃあ私からも最後のお願い、いいかな?」
 こうしてあのクリスマス・イブから始まった二人の時間は終わりを迎える。それはまるで人生という長い旅において短い散歩道のような恋だった。

 一週間後、大学では卒業式が行なわれた。戴帽式の時同様、体育館から出てくる卒業生たちを部活の仲間が花束とプレゼントで歓迎する。あちらこちらで胴上げと写真撮影のオンパレードだ。こうしてこの国にまた新たなドクターたちが送り出されるのである。
 まあけしてイイ奴ばかりじゃございませんが…とりあえずおめでとう!それにしても胴上げ、随分高く飛んでるけど着地に失敗しないでね。

 そして同日夜。都内某所のホテルでは謝恩会が催された。ここでも主役はもちろん卒業生たち。私立医大のボンボンぶりを見せ付けるように会場には豪勢な食事が並べられ、主役連中は華やかな衣装に身を包んでいる。特に女性陣、卒業式は着物でここではドレスなどお色直しまでしてやがる。彩り豊かで熱帯魚みたいにヒラヒラと…ここはシンデレラ城の舞踏会か?どこのお姫様だ、歳を考えなさい…あ、こりゃ失敬。
 まあ今宵はよしとしましょう。長い試験勉強の日々をようやく解放され、未来からの招待状を手にした。来月からは遊んでなどいられなくなるのだから。魔法が解けるまでの時間を思う存分満喫してくだされ。

 立食パーティを見渡せば、参加しているのは卒業生と保護者だけではない。教授陣や実習でお世話になった指導医たちまでワイン片手に姿を見せている。また先輩を祝いたいとの口実で料理目当てに潜り込んだ後輩たちの姿もちらほらあったりする。
 そして主人公・同村もホールの片隅に姿を見せていた。別に文芸部の先輩がいるわけでもなかったが、美唄からの最後のお願いの結末を見届けるために彼はここに来た。一応似合わないタキシードに身を包んでいる。
 ステージ上では学生部長の挨拶に始まり院長による乾杯の音頭が続く。その後は数年後に予定されている病院増築の寄付金願いなど若干退屈な話も挟んで、やがて式次第は余興へと移っていった。
 学ラン姿の応援団が太鼓を打ち鳴らして卒業生にエールを贈ったり、落ち研が母校をテーマに漫談をしたり、記述部がステージにすずらんの花を咲かせたり…。そしてこれも毎年恒例、音楽部がBGMも兼ねて演奏を披露する番が回ってきた。ステージにはバンドがセッティングされ、マイクの前にはいつもより少し露出を抑えた衣装の美唄がスタンバイする。
「それでは音楽部のみなさん、お願いします!」
 ちなみに司会は学務課の喜多村。こんなところまでご苦労様です。
「みなさん卒業おめでとうございまーす!」
 美唄の元気な声が炸裂。あれが噂のキャピキャピ娘かと会場からは笑いも起こる。
「ではいっきまーす!」
 ドラマーがカウントして演奏が始まった。あれ?よく見るとクランクアップしたはずのMJKの姿もあるぞ。彼は楽しそうに全身を躍動させながら、本来の同級生たちに向けてキーボードを弾いている。
 やがて美唄の歌が始まった。飛んだり跳ねたりしながら、彼女は今夜も音楽の羽根を身にまとう。さすがのボーカル…これはどう見てもBGMの域を越えているぞ。さながらリサイタルになってしまった会場からは、その医学生をテーマにした歌詞に笑いや拍手が起こる。その度に美唄は笑顔全開でお礼を叫ぶのだった。
 その光景を見ながら同村はほっとしたように微笑む。
 彼女の最後の願いは『ぜひオリジナル曲の作詞をしてほしい』。かくして内気な文芸部青年とあの天才ミュージシャンのタッグで曲は完成し、せっかくだからとこの謝恩会でのお披露目にこぎつけたのである。
 同村は手拍子しながら思い出していた。一年前、初めて歌う美唄を見て涙を流したあの日…心に起こった感動を。
 そう、美唄だけではない。彼にとっても大切な一年がまたこれから始まる。そしてその先にはもっと大きな世界が待っている。
 医学生たちが歩んでいく未来、過酷なのは百も承知。それでも今夜の歌のように優しく強く、そして面白く生きていってほしい。この一年間書き溜めた心のレポートを時々読み返しながら。

 同村くん、そして美唄ちゃん、本当にお疲れ様でした。これにてクランクアップです!

 そんなこんなで彼らの物語もそろそろおしまい。お見せできるのはここまでですが、もちろんまだまだ先は長い。14班の六人はもちろん、作者も、そして読者のみなさんも歩いていかなければなりません。なるべくならそれが心豊かな日々であることを祈っております。
 それでは最後に現在美唄が絶賛熱唱中のこの曲をご紹介しながら、Medical Warsはこれにて堂々の完結でございます。

Medical Wars
(作詞:同村重一 作曲:MJK)

ようやく1年生
来たるはキャンパスライフなのに狭い世界
運命の出会いはこんなもんなのかな いつも
セリフだけはドラマ並みで

まったくもってボンボン医科大学生
親の期待に応えちゃう人間さ
世間知らずでMedical Wars
合コン行けば悪さしたくなるじゃないの


気がつきゃ3年生
進級も順調で何を求めるだろう
旧友はもう社会人 そんなこと聞くと ちょっと
不安になる チクチクする

こんなんだってエリート医科大学生
バイクに乗ればご機嫌な人間さ
年甲斐もなくMedical Wars
バカな男だって言われようじゃないの


私は5年生
サバを読もうにも無理ね これ以上は
冷蔵庫の中はノンカロリー表示ばかり
大丈夫よ まだイケるわ

お肌もパンと女子医科大学生
ポリクリもオシャレも手を抜かない人間よ
婚期逃してもMedical Wars
オバサン席にようこそなんて言われたくないの


人は思う以上に幸せで歌う以上に不幸だ
だからショゲんな All Students! All Students!


ご存知卒業生
どこにでもいるような奴じゃないつもりさ
僕なりのサイズで世界を広げて いつか
奇跡ひとつ招きたいんだ

変人だってすずらん医科大学生
歌の力を信じたい人間さ
中途半端でもMedical Wars
そうさ あなたも

何言われたって好きなものは好きで
それにかけちゃ譲れない人間さ
我が生涯はMedical Comedical Musical Life!
こんな医学生がいてもいいんじゃないの


■あとがき

 毎月続き物の小説を書く…予想はしていましたが大変でした。プロの作家さんはすごいなあと改めて脱帽。まあそれでも仕事でもないくせに一応書き続けられたのは単純に楽しかったからです。これで終わりかと思うと少々名残り惜しくもあります。
 ご想像のとおり本作は私の学生時代をモチーフとしており、アイデアをどこから探すかといえばまずは記憶です。私がポリクリをしていたのはもう10年以上も昔のこと、そんなに鮮明な記憶は多くない。書き始めの頃は一話分のアイデアを思い出すだけで大変でしたが、不思議なもので記憶の扉はだんだんと開いてくるもの。そういえばあんなこともあったなあ、こんなことを感じたなあと結局一年間アイデアには困りませんでした。
 14班の六人はもちろん架空の人物ですが、医学部にいる連中を大別すると大抵こんなふうに分かれるのではないでしょうか。書いているうちにこちらも彼らに愛着が湧き、彼らもこちらが指示するよりも先に動きだしてくれる。執筆というよりも彼らと一緒に実習してそれを記録しているような感覚でした。その中で、今の仕事をする上で大切なことをいくつも思い出せたような気がしています。
 きっとこんな活動が、私にとって心の健康の保ち方なのでしょう。大きなテーマのある作品ではありませんが、医学というものに対して少しでも親しみや愛しさを感じて頂けたなら嬉しいです。

 さすがに来年度は気力が続きそうにないので連載小説は致しません。またコラムや作詞で心と遊んでいきたいと思います。  いやあ、医学って本当によいものですね。ありがとうございました。

平成27年3月10日 福場将太

■目次

(写真出典: カヤコレ)

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